Quantcast
Channel: 日刊サイゾー
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2953

“毒殺未遂事件”を培養して生み出した問題作! システムを観察せよ『タリウム少女の毒殺日記』

$
0
0
tariumushojo1.jpg
実在の事件をモチーフにした『タリウム少女の毒殺日記』。東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞したが、嫌悪感を示す声も少なくない。
 狼はトナカイを殺すが同時にトナカイを強くもする。狼が居なければ群れ全体に弱さの毒が回り、やがてその群れは滅亡する―。2005年、実の母親に劇薬である酢酸タリウムを投与し、衰弱していく様子を観察し続けた16歳の女子高生が殺人未遂罪で逮捕され、社会に大きな衝撃を与えた。冒頭の一文はその女子高生が日記としてブログに綴っていたものだ。異色ドキュメンタリー『新しい神様』(99)で劇場デビューし、前作『PEEP“TV”SHOW』(03)でリアルとフィクションの境界の曖昧さを描いた土屋豊監督はこの文章にインスピレーションを受け、架空のキャラクター“タリウム少女”を主人公にした劇映画『タリウム少女の毒殺日記』を作り上げた。カエルの解剖実験や金魚をホルマリン漬けにするシーンを盛り込む一方、タリウム少女が既成のシステムを抜け出そうと試行錯誤する姿をポジティブに捉えた新感覚の映画となっている。劇薬を希釈することで良薬が生まれるように、土屋監督は実在の事件の中から人間の新しい可能性を見出そうとしている。  『タリウム少女の毒殺日記』はフィクションパートとドキュメントパートの多重構造となっている。フィクションパートでは、タリウム少女(倉持由香)が学校で同級生たちの壮絶なイジメに遭っている。だが、タリウム少女はどんなに悲惨な状況にあっても、常にクールだ。ドン底状態にある自分自身を客観視し、解剖したカエルや飼育しているモルモットと同じように、自分がいる社会そのものを冷静に見つめようとする。母親(渡辺真起子)に毒薬を投与する様子をブログに綴る傍ら、気になるニュースサイトや動画をクリックする。ドキュメンタリーパートとして実在する人々が次々に登場し、それぞれ斬新かつ個性的な自説を唱える。広島大学大学院理学研究科の住田正幸教授は交配によってスケルトン状に内臓が透けて見える“透明ガエル”を誕生させた。この研究が進めば、科学の殉教者として解剖実験の犠牲となる動物の数は激減するはずだ。全身にピアスを施した身体改造アーティストのTakahashiは体そのものが生きたアートとして眩しく輝いている。クローン人間の実験でかつて話題をさらった非宗教団体「ラエリアンムーブメント」も登場する。「日本ラエリアンムーブメント」の伊藤通朗代表によると、クローニング技術によって人間を完全に創造できるようになれば、神様は存在しないことも同時に証明でき、世界から宗教戦争がなくなるという。動物、そして人間の肉体を変えていくことで社会そのものを変えていこうというブラボーな人たちの理論的な熱気が成長過程にあるタリウム少女の心を揺さぶっていく。  “タリウム毒殺未遂事件”をモチーフにした本作の企画意図を土屋監督はこう語る。
tariumushojo2.jpg
学校で連日のようにイジメに遭っているタリウム少女(倉持由香)。イジメられている自分自身も冷静に観察しようとする。
土屋 「実際の事件を起こした少女のブログを読んで、『狼がいるからトナカイは強くなれる』という詩に強く惹かれたんです。イジメっ子がいるからシステムが成り立つし、そのシステムを私はちゃんと客観視しています、ということですよね。もしかしたら本人は無理矢理そう思い込もうとしていただけなのかもしれない。でも、ボクが映画の中に登場させた“タリウム少女”は完全にシステムとして理解し、システムだから仕方ない、その仕方なさにどうこう言っても始まらない。じゃあ、そのシステム自体を別のものに組み替えられないかと考えるんです。事件を起こした少女の理系的、科学的な独自の視点は非常に興味深いし、資本主義が高度に発達した現代社会をひとつのシステムとして冷静に見ている視点はボク自身にもある。ボクより若い人たちはもっと共感を感じるんじゃないですか。そんなタリウム少女の視点から、今の世の中を見てみたのが、この作品なんです」  仰向けにされたカエルはお腹を割かれ、母親が可愛がっていた金魚はホルマリン液の中で息絶える。タリウム少女はこう呟く。「神様なんか、いないよ。プログラしか、ないんだよ」。“アニマルライツ”をめぐって、海外の映画祭でも問題視されたこれらのシーンについて聞いてみた。 土屋 「動物愛護団体の影響力が強い米国では、『タリウム少女』は上映できないかもしれませんね。でも、そういった団体からの圧力で作品が上映できなかったり、問題視されたシーンが削除を求められることは怖いことだと思います。(動物実験など)現実に行われていることを存在しないことにしてしまう。問題そのものを忘れさせてしまい、話題に上がる機会さえ奪ってしまう。ボクは逆にもっと問題点は出していったほうがいいと思うんです。その点、映画の中のタリウム少女はちゃんと現実を直視しようとする。そして、飼っていた金魚をホルマリン漬けにすることとスーパーで買ってきたサンマを焼いて食べることはどう違うのかと大人に問い掛けてくるわけです」  あたかもマウス実験のように一緒に暮らす母親にタリウムを投与し、人間の持つ生命力の強さを凝視する少女だが、様々な人たちの多様な価値観に触れていく中で、さらに自分が暮らす社会と自分自身を徹底的に観察していく。最強の働きアリが女王アリへと目覚めていくように、自分自身の中に眠る未知のプログラムを覚醒させたいと強く願うようになっていく。まだ目には見えない段階だが、彼女の中で生命の進化の第一歩が始まろうとする。  過激なタリウム少女を演じたのは、日テレジェニック候補生にも選ばれた新進グラビアアイドルの倉持由香。土屋監督からはSNSを通じて映画主演のオファーを受けたそうだ。本作の題材となった事件もネットニュースで知り、問題のブログも当時読んでいたという。
tariumushojo3.jpg
身体改造アーティストのTakahashi。「このままでは人間は進化しませんよ」「ICチップを体に埋め込んでみませんか」と語り掛ける。
倉持 「事件当時、少女が書いたブログを読み、『サブカル趣味に憧れて、中2病をこじらせてしまった少女なのかな』という印象を受けたんです。ニュースではブログの文面から少女のことを“冷酷・非道”と報道していましたが、あの年齢くらいの時にはやたら難しい漢字や言い回しをカッコいいと思うことがあるので、一概には言い切れないのではないかと思いました」  実際の少女が母親にタリウムを投与したり、猫を殺害したことは残虐で許せないと言いつつ、映画の中のタリム少女には共感を覚えたと話す。 倉持 「映画の中のタリウム少女の『人間のフォーマットを飛び越えたい』という思いに共感できたんです。私自身も変身願望が昔から強く、何か人間じゃないものになりたいと思っていたし、今でも時々思います。私も映画の少女みたいにGPS付きのICチップを埋め込んでみたいです。どんな映画になるのか不安もあったけど、完成した作品をスクリーンで観て、違和感なく受け入れることができました。新しい手法がふんだんに盛り込まれた、『映画のフォーマットを飛び越えた映画』だと思いますね」  人間のフォーマットを飛び越えるために、まずは映画のフォーマットから飛び越えてみよう。飛び越えた先に待っているのは、透明ガエルたちが合唱し、遺伝子操作や整形手術によって永遠の美しさを手に入れた人間たちが科学を唯一の真実として信仰し、宗教戦争も社会的ヒエラルキーもなくなった新しい世界だ。タリウム少女と過ごす刺激的な冒険はまだ始まったばかりだ。 (文=長野辰次) tariumushojo4.jpg 『タリウム少女の毒殺日記』 監督・脚本・編集/土屋豊 出演/倉持由香、渡辺真起子、古舘寛治、Takahashi 配給/アップリンク 7月6日より渋谷アップリンクほか全国順次公開中 <http://www.uplink.co.jp/thallium> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2953

Trending Articles