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楳図かずお監督デビュー作『マザー』。赤白のボーダーシャツを着た片岡愛之助は、『シベリア超特急5』『築城せよ!』とカルトな主演作が多い。
天才クリエイター・楳図かずおにとって、19年ぶりとなる最新作『マザー』。人類滅亡の黙示録『14歳』の連載を1995年に終えて以降、持病である腱鞘炎の悪化から漫画家としては休筆状態が続いているが、最新作『マザー』は楳図先生が脚本、絵コンテ、キャスティングから手掛けたオリジナル作品であり、77歳での映画監督デビュー作でもある。『半沢直樹』(TBS系)のおねえキャラでブレイクした片岡愛之助に赤白のボーダーシャツを着せることで自身の分身に仕立て、楳図ワールドの恐怖の源泉へと案内していく趣向だ。楳図ワールドを楳図先生自身が実写化するとどうなるのかという点で、非常に興味を惹かれる。
主人公は人気漫画家の楳図かずお(片岡愛之助)。恐怖漫画の第一人者として知られる楳図のアトリエ兼自宅を、新人編集者の若草さくら(舞羽美海)が訪ねる。さくらは楳図作品の大ファンで、「楳図作品がどのようにして生まれたのか、楳図先生の生い立ちを一冊の本にまとめたい」と申し出る。さくらのインタビューに答える楳図。和歌山県の高野山で生まれたこと、母親が生後7カ月の楳図に鉛筆を持たせたこと、父親が地元に言い伝えられる不思議な伝説を寝物語として語ってくれたこと……。幼少期の体験が楳図作品に強く影響を与えていた。
楳図は漫画家となり、東京に上京。自分にとって最愛の存在である母・イチエ(真行寺君枝)をひとりぼっちにさせてしまったという罪悪感を感じながらも、楳図は漫画執筆に没頭する日々を送る。連載の仕事がひと段落し、入院中のイチエに付き添うが、老いたイチエは「自分の葬式に行ってきたよ。イギリスの女王さまも来てくれたのよ」「お礼参りに行ってきたの。高野山のあちこちへ」「お前のところへも行くよ」と謎めいた言葉を残して、あの世へと旅立つ。母との別れを振り返る楳図の口から「幽霊でもいいから、母にもう一度逢いたかった」という言葉がつぶやかれる。取材意欲を掻き立てられたさくらは楳図の生まれ故郷を訪ねるが、そこで信じられない怪奇現象に遭遇。楳図の心の中の想いが具象化し、母・イチエが蘇ったのだ。懐かしくも恐ろしい姿となってこの世に現われたイチエ。これは楳図の妄想の産物なのか? それとも山に潜んでいた物の怪なのか? さらには楳図の生誕に関する秘密も明らかになっていく。
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上方歌舞伎の人気俳優・片岡愛之助と宝塚歌劇団出身の舞羽美海が共演。関西を代表する伝統的ショウビズ界からのキャスティングとなっている。
絶対的な守護者であるはずの母親が自分に襲い掛かってくるという強迫観念は、楳図かずおが恐怖漫画家としての地位を確立した“へび少女”シリーズの一編『ママがこわい』や女性にとっての若さと老いをテーマにした『洗礼』など楳図作品で度々描かれてきた。心の中で念じた想いが具象化するというモチーフも、『漂流教室』『わたしは真悟』『ねがい』など楳図ファンにはおなじみのもの。過去・現在・未来と時空を越えて愛憎劇が繰り広げられる展開は、珠玉のラブストーリー『イアラ』を彷彿させる。漫画から映画へと表現手段が変わっても、『マザー』は楳図作品であることに間違いない。楳図ワールドのエッセンスが上映時間83分の中にぎっしりと詰まっている。
『マザー』を観て感じることは、子どもは親の素顔は何も知らないということだ。特に母親は子どもにとっていちばん近い存在であり、かつて子宮をくぐり抜けてこの世に生まれてきた子どもは母親のことは誰よりも熟知しているつもりでいる。でも、実は母親が子どもに見せているのは“母としての顔”であって、子どもは母親の“女としての顔”はほとんど知らない。月の裏側に何があるのかずっと謎だったように、母親も子どもには見せていないミステリアスな一面を持っている。いつも優しかった母・イチエの、女としての知らない顔を見ることになり、楳図は恐れおののくことになる。いちばん身近で、いちばんミステリアスな存在、それが母親/マザーなのだ。
吉祥寺の楳図先生宅にお邪魔して、『マザー』についておうかがいする機会があった。楳図先生が60歳のときに母・市恵さんは亡くなられたそうだ。「母が亡くなった2日後に、ダイアナ妃が事故で亡くなったので、『これは大変!』と当時のことはすごく覚えています」と語る楳図先生。劇中で病床の母親は不可解な言葉を口にするが、実際もそうだったらしい。中でも楳図先生にとって忘れられない言葉となったのは、「いいこと、ひとつもなかった」という母親のひと言。これは実家を離れ、自分の仕事に打ち込んできた子どもにとっては相当に辛い台詞だろう。自分にできる親孝行は何か? じゃあ、田舎でひっそりと生涯を終えた母の人生をリブートしてみよう。楳図かずお流に盛りに盛った、母親のもうひとつの華やかな生涯。それが楳図かずお監督デビュー作『マザー』である。
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楳図(片岡愛之助)は締め切りに追われ、母・イチエ(真行寺君枝)をかまってやることができない。やがて心の中の罪悪感が具象化していくことに。
監督デビュー作を自身の膨大な数になる原作群の中から選ばずに、自身を題材にしたオリジナルストーリーを書き下ろしたわけだが、これには“ある含み”もある。楳図先生のいちばんの代表作といえば『漂流教室』だが、大林宣彦監督の映画版(87年)もフジテレビでのテレビドラマ版(02年)も楳図作品の壮大すぎるスケール観と豊潤なイマジネーションを消化できないまま中途半端に終わってしまった。『わたしは真悟』や『14歳』にいたってはまだ一度も映像化されていない。楳図作品のエッセンスさえきちんと汲み取ってくれれば、もっと自由奔放に映像化してもかまわない。自分がこれまでに発表した作品を映画ならではのスケール観のあるものとして蘇らせてほしい。楳図作品の生みの親/マザーである楳図先生から、世界中の映像クリエイターたちへ向けたそんなメッセージも込められている。
『パンズ・ラビリンス』(06)のギレルモ・デル・トロ監督、『スノーピアサー』(13)のポン・ジュノ監督あたりが『漂流教室』の実写化に手を挙げれば、かなり期待できるではないか。「心の中で念じたことは、いつか叶う」。楳図先生のそんな教えが頭をよぎる。
(文=長野辰次)
『マザー』
原案・脚本・監督/楳図かずお 脚本/継田淳 主題歌/中川翔子「chocolat chaud」 出演/片岡愛之助、舞羽美海、中川翔子、真行寺君枝 配給/松竹メディア事業部 9月27日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開
(c)2014「マザー」製作委員会
http://mother-movie.jp