男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介! 「あいつ 女の子といる時は退屈な二枚目になっちゃうの」 『恋愛的瞬間』(吉野朔実)という作品に出てくるセリフだ。主人公のハルタが、無二の男友だちである司を評したもので、このあと「男といる時のほうが、司は面白いんだ」と続く。 いきなり今回取り上げる作品とは別のマンガから引用したのは、このセリフが男にとっての少女マンガの壁を象徴していると思ったからだ。 少女マンガは、その多くが恋愛をテーマにしている。なので、少年マンガのラブコメにヒロインがいるように、必然的にいわゆる“王子様”役の男子が登場することになるのだが、この王子様キャラというのがネックなのだ。 少女マンガの王子様役は、当然かっこよかったり、優しかったり、さわやかだったりととにかく魅力的だ。モテるのもよくわかる。だけど、一方でそういう王子様たちは、男から見て「友だちになりたい」と思わなかったりする。そう、王子様は男から見たら「退屈な二枚目」だったりしがちなのだ。 少年誌ラブコメのヒロインが女性に人気がなかったりするのと同様、「少女」マンガである以上、それは悪いことではない。けど、たぶん少女マンガにハマれない人にとって壁になっているもののひとつは、そういう王子様の「退屈さ」だと思う。 そんな中で異彩を放っているのが、「別冊マーガレット」で連載中の『俺物語!!』(作画:アルコ/原作:河原和音)だ。「このマンガがすごい!2013」オンナ編1位を筆頭に、各種マンガ賞に次々ランクイン。2012年最も話題になった作品のひとつなので、名前を知っている人は多いだろう。 『俺物語!!』は、少女マンガにおける革命的作品だった。何しろ、主人公・剛田猛男は角刈りのゴリラ顔。子どもを狙った不審者が出たと聞けば、自主的に小学校で見張りを始める正義漢だが、あまりに怖いため、自分自身が通報されてしまう始末。もちろんモテない。過去に惚れた女の子はみんな親友のイケメン・砂川に惚れる。そんな猛男が、一人の女の子を痴漢から助けたところから物語が始まっていく。 「設定上のブサイク」というキャラはそれなりにいるけれど、この作品の場合は、猛男を本当に情け容赦なくゴリラ顔に描かれており、決め顔も挙動もとにかく暑苦しくて笑わせるのだ。特に走る姿がものすごいインパクト。集英社が、疾走する猛男を描いた2メートル超の巨大ポスターを作っているのだが、店頭で見かけたときは笑えるやら怖いやらで頭がどうにかなりそうだった。たぶん、ポスターだけ見たら誰も少女マンガだと思わないはずだ。というか、恋愛ものだなんて思いもしないだろう。 どれくらいの人が知っているかわからないが、ここまで顔芸のできる恋愛マンガキャラは『ツルモク独身寮』(窪之内英策)の白鳥沢レイ子以来だと思う。しかも、笑わせた上で泣かせたりもするのだから、本当、おっそろしい作品だ。 だけど、僕が『俺物語!!』を好きで仕方ない理由は、インパクトのすごさや、笑って泣けるストーリーの部分ではない。猛男というキャラクターが、「男といる時のほうが面白い」からだ。 もちろん普通の王子キャラにも男友だちはいるし、友人関係が描かれることも多い。だけど、多くの王子キャラは、女の子たちの目線から切り取られた男の子であるがゆえに、「対女子」でのキャラクターしか見えてこない。物語の中で、恋愛に中心軸を置いているといいかえてもいい。だから、ときとして「退屈な二枚目」になる。 だけど、猛男はモテない。だから、そもそも女子との関係や、恋愛というコミュニティに軸足がなく、男友だちとの関係の中で人間性の本質が描かれている。まだ単行本に収録されていないエピソードでは、猛男が窓から上半身を出して背筋をしていて落下するなんてものもある。マンガ的な過剰さはあるにせよ、いかにもバカな男子らしい姿だ。 ある種の男友だち性というのは、そういう少しもかっこよくない、バカバカしさにある。剛田猛男というキャラクターは、女の子たちの王子様であるよりも先に、「俺たちの友だち」なのだ。 だから、普段なら少女マンガは「こいつら、かっこいいなー、ちくしょう!」なんて思いながら読んだりするのだけど、『俺物語!!』を読むときは「どうだ、ちくしょう、かっこいいだろ、俺たちの猛男は!!」とちっとも関係ないのに、自分の友だちを自慢するみたいな気持ちになるのだ。 (文=小林聖 <http://nelja.jp/>)『俺物語!! 3』(集英社)
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「退屈な二枚目」だらけの少女マンガに現れた、かっこいいゴリラ『俺物語!!』
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