「韓流スターと葉月里緒奈ってところかな」 「もうちょっとナチュラルメイクのほうがいいんじゃない? 皮膚呼吸できなそうだなぁ」 「二人は愛し合ってるねえ」 A級プロダンサーを目指す男女ペアを見守りながらも、矢継ぎ早に発せられるサッカー解説者・松木安太郎のナレーション。そのVTRを見ながら、MCのサンドウィッチマン・富澤は思わず吐き捨てた。 「集中できないよ、VTRに!」 それでも松木は止まらない。いよいよA級がかかった競技会に挑むペアの緊張感あふれる姿を「静かに見守りましょう」とナレーションを入れたわずか数秒後には、「よーし! ここ頑張りましょう!」と口を開く。 これには伊達も「いや、『静かに見守りましょう』って言ったじゃねーか!」とツッコみ、富澤も「5秒もたたないうちにしゃべりだしたよ」とあきれていた。それだけではない。時には、ナレーションを忘れ、拍手までしてしまう始末だ。 これは、『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』(テレビ東京系)という長いタイトルの番組の一幕。テレ東では『YOUは何しに日本へ?』の成功もあり、この手の素人インタビュー&密着番組が急増している。特に月曜23:58からは1カ月ごとに番組を変える、いわば“お試し”枠とあって、手間はかかるが予算はかからない『家、ついて行ってイイですか?』『新婚さんに「結婚を決めた一言」聞いてみた』『卒業文集の夢、叶いましたか?』などの名作が次々と誕生している。『家、ついて行ってイイですか?』などは、ゴールデンタイムで特番にもなった。 『不躾ですが~』はそのタイトル通り、ある人たちの「ドキドキな発表の瞬間」に密着するという番組である。その“応援ナレーター”が、松木である。 松木のサッカー解説といえば、熱くポジティブでテンションが高いことでおなじみだ。 「あっ! PKだろ! 倒してないか、今?」 「ハンドじゃないか? ハンドだよねえ? ハンドだよー!」 「ふざけたロスタイムだなぁ」 「シュート打て、打てっ!」 と、中立的解説とは無縁の暑苦しい応援解説。それが一部サッカーファンからは不評を買っていたが、一方で、その「分かりやすさ」は普段サッカーを見ない層がサッカーを見る機会となるワールドカップなどの場面では大いに注目された。今では、日本代表戦に松木の解説がないとなんだか寂しいと思ってしまうほどだ。 そんな松木解説は、バラエティ番組にも飛び火。『ケータイ大喜利』(NHK総合)では「サッカー中継。『ちゃんと解説してください…』松木安太郎さん、何と言った?」などと大喜利のお題となり、視聴者から寄せられた回答を実際に読むという大役を果たしている。松木解説は、番組屈指の人気「声のお題」となっているのだ。 そんな松木の“応援解説”に注目したのが、『不躾ですが~』だ。下着モデルのオーディションや76歳のボディビルダーの大会挑戦、9歳のピアニストのコンクール、足掛け26年、49歳で弁護士を目指す司法試験の合格発表など、ドキドキの発表の瞬間に挑む真剣な人たちを、松木が熱く、それでいてどこかふざけて応援する。そして、その挑戦VTRと松木の応援ナレーションの両方に対し、適度な距離感でツッコミを入れたり、素直に感想を言い合うのがMCのサンドウィッチマンだ。その三位一体の構造が絶妙だ。 ボクシングのプロライセンスを目指す33歳の青年がいた。彼の名は上原裕三。すかさず、「上原裕三くん、名前は野球っぽいけどね」と、松木のいらないナレーションが入る。プロテストは、33歳までという年齢制限がある。だから、これが最後の挑戦だ。 「33歳っていうと、俺引退した歳だよ」と松木。思わず伊達が「ナレーションの手数多すぎるわ!」とツッコむ。 これまでの人生で、いろいろなことから逃げてきたという上原。“やり遂げた”ことが一つもなかった。だから、プロテストに合格すれば、自分が変われるのではないかと、挑戦を続けてきたのだという。 「わっかるなー!」 と、真剣なトーンの上原と対照的な軽いリアクション。もちろん松木である。いよいよプロテスト当日、多くの受験者がいる控室の映像を見ながら「ファッションでは負けてないぞ、頑張れ!」「まず髪型が強そうだよね」などと軽口を叩くナレーション。上原が心境を語りだすと「ちょっと揺れながらしゃべるところがあるよね」なんて言っている。ついに、最後のテストであるスパーリングに向かう真剣な表情がアップで映し出されると「彼はホント、キレイな奥二重だよね」。 いざスパーリングが始まると、そこはスポーツ解説者。 「消極的だなぁ。ストレスたまる試合だね」 「気持ちで負けるな!」 「いやー、いいパンチ入ったね! リプレイ見よう、リプレイ!」 「そう、前へ前へ!」 と、的確で熱い解説が入っていく。 スパーリングの勝敗とプロテストの合否は無関係とはいえ、相手からダウンを奪い、リタイヤに追い込んだ上原。その表情は、充実感でいっぱいだった。合格すれば自分が変われるかもと語っていた上原は、合格発表を待たずに“やり遂げた”実感を得て言った。 「人生、変わった気がします!」 そんな姿に、富澤は涙を浮かべるのだった。 どんどんと複雑化する世の中で、提供されるコンテンツに対して、われわれはとかく斜に構え、ひねくれた見方をしがちだ。けれど、一方で単純に笑いたいし、単純に泣きたいし、単純に楽しみたいとも思っている。松木の“応援”は、いわば“オヤジ”を具現化したものだ。目の前のことに脊髄反射的に反応し、たとえ頭の中で複雑なことを考えていたとしても、実際に出てくる言葉は、ごくごく単純でシンプルな言葉ばかりだ。言ってみれば「バカ」な言動だ。けれど、そんな“オヤジ”を誰しもが自分の中に飼っているし、どこかで憧れている。バカになって素直に楽しむこと。松木は、そんな世の中の見方を“応援”しているのかもしれない。「よーし、出しきれよ! 全部出し切れ!」と。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』テレビ東京
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松木安太郎の“応援解説”が冴えわたる!『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』
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