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杉野希妃主演・監督作『雪女』。雪女は人の精気を吸い取る魔物として村人たちから恐れられていた。
人間ならざる美女と出逢った若者の心に刻み込まれた死への恐怖心と背徳的な性欲とがもたらした奇妙なラブストーリー。ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲が書き残した『怪談』の中の一編『雪女』は、エロス&タナトスに彩られた珠玉のエピソードだ。ギリシャで生まれ、アイルランドで育った小泉八雲は日本での質素な生活を愛し、妻・節子に日本の昔話を語らせることで『怪談』を書き上げた。『アラビアンナイト』の語り部・シェヘラザードのように、節子は夜ごと艶かしく日本に言い伝わる不思議な物語を夫・八雲に語って聞かせていたのだろうか。杉野希妃監督&主演作『雪女』は“もののけ”と人間との禁断の愛を官能シーンを交えながら描いている。
小泉八雲が書き伝えた掌編『雪女』をベースに、杉野監督は独自の解釈を加え、上映時間96分の長編映画に仕立ててみせた。時代設定は明確にしていないが、昭和時代を思わせるのどかな山村が舞台だ。若い猟師の巳之吉(青木崇高)は仲間の茂吉(佐野史郎)と冬山へ猟に出たが、激しい吹雪に遭い、狭い小屋で夜を明かすことになる。夜更けに目が覚めた巳之吉は茂吉の上にひとりの女が覆い被さり、茂吉の命を吸い取る瞬間を目撃してしまう。白装束姿の女は雪女(杉野希妃)だった。巳之吉が恐ろしさのあまり身動きできずにいると、雪女は「このことは誰にもしゃべるな。もし、しゃべったら、お前の命を奪う」と言い残して姿を消す。巳之吉は恐怖心と共に、この世のものと思えない雪女の美しさが忘れられなくなる。それから1年後、巳之吉は山道で迷っている若い娘・ユキ(杉野2役)と出逢う。ユキが雪女とそっくりなことに巳之吉は驚くが、巳之吉は母親(宮崎美子)が待つ我が家へとユキを案内する。母親はひとり者の息子が若い娘を連れてきたことに大喜びした。
人里離れた一軒屋で若い男女が一緒に暮らせば、夜の契りを交わすことは自然な流れだった。ある晩、2人で湯治へと出掛け、ユキは巳之吉に何か伝えようとするが、巳之吉はユキの口を激しく吸い、ユキが秘密を明かそうとするのを塞いでしまう。ユキのひんやりとした白い肌を、すでに巳之吉は手放せなくなっていた。しばらくしてユキは身籠り、ウメという女の子を産む。利発な少女へと育っていくウメ(山口まゆ)。ユキは出逢ったときのまま、いつまでも若々しい。猟師をやめて、村にできた工場に通うようになった巳之吉だったが、幸せで満たされた日々だった。だが、この穏やかな生活はいつか壊れてしまうのではないかという不安感も常に心の奥には潜んでいた。そんな折り、村で謎めいた凍死体が立て続けに見つかり、ユキ母子に疑惑の目が向けられる──。
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巳之吉(青木崇高)が雪山で猛吹雪に遭ってから1年後、山道で美しい娘・ユキ(杉野希妃)と出逢う。
異界の美女と人間との異類婚を描いた『雪女』だが、夫婦となってから穏やかな時間が流れていく本作を観ているうちに、この物語の主人公であるユキと巳之吉は、八雲と節子自身であることに気づかされる。世界各地を流浪した後、米国に渡りジャーナリストとなった八雲は、初めて訪れた日本をすっかり気に入り、士族の娘だった節子を嫁にもらう。やがて八雲は東大の英語講師を務め、3男1女に恵まれることになる。『蝶々夫人』で描かれているように当時の欧米人は日本で仮りそめの妻を持つことが多く、八雲も当初はおとなしい日本人の女性を愛人として迎え入れるつもりだった。ところが節子はしっかり者で、彼女に仕切られた形での結婚生活を八雲は送ることになる。目論み通りではなかったものの、両親の愛を知らずにずっと流れ者の人生を歩んできた八雲にとって、節子との慎ましい生活は安らぎを覚えるものだった。正体不明の女・ユキもまた、純朴で口の堅い巳之吉との暮らしに心地よさを感じていた。
優香との新婚生活を送る青木崇高を共演に迎えた『雪女』を、主演女優と兼任する形で撮り上げたのは“インディーズ映画のミューズ”と呼ばれる杉野希妃監督。1984年生まれの杉野希妃は女優業だけでは満足できず、香港ロケを行なった国際色豊かな『マジック&ロス』(10)、3.11をいち早くドラマ化した『おだやかな日常』(12)、ナント三大陸映画祭グランプリ受賞作『ほとりの朔子』(14)、誘拐監禁&少年愛を扱った『禁忌』(14)など数々の作品のプロデューサーを兼任してきた。作品のためなら脱ぐことも厭わない肝の座った美人女優だ。『欲動』(14)、『マンガ肉と僕』(16)に続く監督作となる『雪女』は、監督である杉野自身が青木と濃厚な濡れ場を演じてみせた官能ホラー、もしくは夫婦間ミステリーとしての味わいがある。
溝口健二の『雨月物語』(53)や小津安二郎の『浮草』(59)といった日本映画黄金期の作品を杉野監督は愛していることから、『雪女』にも1950年代っぽいクラシカルな雰囲気が漂う。だがその一方では、移民問題や他民族に対するヘイトスピーチといった寛容さを失いつつある現代社会の歪みを狭い山村に投影させたものにもなっている。2月23日、外国特派員クラブでの記者会見に杉野監督は共演の青木崇史と共に登壇し、素性の知れない相手との結婚生活を描いた本作についてこう語った。
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ユキと巳之吉との間に生まれたウメ(山口まゆ)。思春期を迎え、彼女もまた不思議な体験をすることに。
「これまでプロデューサーとして様々な国の方たちと仕事をしてきましたが、もちろん分かり合えないことだらけで、最初はそれがすごいストレスだったんですね。でも、分かり合えないのは当たり前であって、今では分かり合えない中でもお互いに尊重し、共有できる部分を模索し、受け入れ合うことが大事だと考えるようになりました。それは夫婦においても同じではないかなと思っています」(杉野監督)
小泉八雲は『雪女』の他にも、やはり異類婚を題材にした『青柳のはなし』や若き日の恋愛体験を気にして成仏できずにいる女の幽霊を主人公にした『葬られた秘密』など、女という生き物の深遠さを扱った不思議なエピソードを『怪談』の中に収録している。節子はどんな想いで、子どものように怖い話をねだる八雲に男女の仲をめぐる奇妙な逸話を語って聞かせたのだろうか。八雲もまた、節子をはじめとする女性たちに愛おしさと同時に恐怖心も感じていたに違いない。
(文=長野辰次)
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『雪女』
原作/小泉八雲 脚本/重田光雄、杉野希妃、富森星元
撮影/上野彰吾 監督/杉野希妃
出演/杉野希妃、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎、水野久美、宮崎美子、山本剛史、松岡広大、梅野渚
配給/和エンタテインメント
3月4日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマ・ジャック&ベティ 4月1日(土)よりシネ・リーブル梅田、大阪シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、神戸元町映画館ほか全国順次公開
(c)Snow Woman Film Partners
http://snowwomanfilm.com
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