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食料が尽きたはずの戦場で食べた奇妙な肉とは? 嘔吐感に見舞われる戦慄のグルメ映画『野火』

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戦場で味わった不思議な食材を題材にした『野火』。本作を観た後で『マタンゴ』(63)を見直すと、これまでと違った後味を感じるだろう。
 戦場で飢餓状態に陥った田村は、朦朧とする意識の中で戦友から不思議な肉を与えられる。この肉のお陰で田村は命拾いするが、それはこれまで一度も口にしたことがない奇妙な味の肉だった。戦友は「ジャングルで捕まえた猿の肉を干したものだ」と笑って説明するが、田村はジャングルで猿を見かけたことがない。その代わり、戦場には日本兵の死体があちこちに散乱していた。田村は自分が口にした肉の正体に気づき、また自分もやがて戦友の食料にされてしまうのではないかという激しい恐怖感に襲われる。大岡昇平原作、塚本晋也監督&主演作『野火』は、世にも恐ろしい禁断のグルメ映画だ。  原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』(87)や松林要樹監督の『花と兵隊』(09)などのドキュメンタリー映画と同じく、『野火』は戦場におけるカニバリズムを題材にしている。第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵(塚本晋也)は結核を患っていたことから、分隊長(山本浩司)から病院行きを命じられる。わずかばかりの芋を持たされた田村は野戦病院に向かうが、病院はすでに負傷兵でいっぱい。診察費代わりに芋を巻き上げられた上に、「肺病ごときで入院しようと思うな」と病院から追い出されてしまう。部隊にすごすご戻れば、また分隊長にぶん殴られる。何度も部隊と病院を往復するが、田村はどこにも自分の居場所を見つけられず、ジャングルを彷徨うことになる。そうしているうちに戦況はますます悪化。米軍の砲撃と照りつける陽射しの中、食べるものはまったくなく、野草を口に入れて飢えに耐えていた田村は、目の前にゴロンと千切れて転がっている死んだ日本兵の足や腕に齧りつきたいという欲望に駆られていく。痩せ細った田村が狂気に取り憑かれていく様子を、塚本晋也監督自身が鬼気迫る表情で演じている。  塚本晋也監督といえば、製作・監督・脚本・美術・撮影・照明・出演・編集を兼任したインディペンデント映画『鉄男』シリーズで世界的に知られている存在。タランティーノやダーレン・アロノフスキーたちからもリスペクトされている。ブレイク作『鉄男』(89)は、都会で暮らす平凡なサラリーマンの身体が金属に侵蝕されていくという不条理なSFスリラーだった。息が詰まるような閉塞的な社会で、追い詰められた現代人が別の生命体へ痛みを伴って変貌していく姿を、塚本監督は度々描いてきた。『六月の蛇』(02)ではセックスレスの人妻(黒沢あすか)が、『KOTOKO』(12)では育児に悩むシングルマザー(Cocco)が精神と肉体のバランスを崩し、別人格が暴走を始める。ごく平凡な人間が社会状況に過剰に反応して、モンスター化してしまう恐ろしさが塚本作品には常に漂う。フィリピン戦線を経験した大岡昇平の原作小説を、塚本監督は高校時代に読んだそうだ。戦場という極限状態の中で平凡な男たちが餓鬼化していく『野火』は、塚本ワールドの原風景なのかもしれない。
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10年前から戦争体験者を取材し、フィリピン・レイテ島での遺骨収集に参加するなど塚本監督は地道に製作の下準備を進めていた。
 本来なら戦争映画として膨大な予算を要する映画のはずだが、塚本監督はギリギリの予算でフィリピンロケ、ハワイロケを敢行し、自主映画として完成させている。低予算ながら、米軍の砲撃による日本兵の人体破壊シーンなどは強烈だ。試写会で塚本監督はこのように語った。 「10年前からずっと撮ろうと考えていた作品です。いつか立派な監督になって、お金もふんだんに使って作りたいなと考えていましたが、立派な監督にもなれず、お金もない状況で作りました(苦笑)。先延ばししてもよかったけれど、最近どうも(社会情勢が)キナ臭くなってきている。ますます作りづらくなってきているように感じます。今しかないなと、むりくり作り上げました。予算は掛けていませんが、大勢の方たちの協力のお陰でやりたかったことができました。観た後はドッときて、2日くらい立ち直るのに時間がかかると思います。でも、立ち直ったときには、別の感慨が湧いてくると思うんです」  餓死寸前で行き倒れていた田村は、かつて野戦病院の前で食料を分けてやった若い兵隊・永松(森優作)に助けられる。奇妙な味の干し肉を口に押し込まれ、田村は辛うじて命を保った。永松は皮膚病で脚が不自由になった安田(リリー・フランキー)の分まで、“猿の肉”を手に入れるためにジャングルに出掛けていた。自分たちの食料も満足にないのに、なぜか永松と安田は親切に“猿の肉”を田村に分け与える。それは禁断の肉を食べてしまった自分たちの罪を田村にも背負わせるためなのか、それとも“猿の肉”が手に入らなくなったときのために田村を家畜として生かせておこうという魂胆なのか。多分、安田と永松とではそれぞれ思惑が異なる。若い永松は、食料を分けてくれた田村に恩返しすることで、ほんの少しでも人間らしさを自分の中に残しておきたいのだ。同じ日本兵の人肉を食うという餓鬼道に墜ちた安田だが、それでも完全な冷血鬼になりきることはできずにいる。『ヒルコ 妖怪ハンター』(91)の首から下がモンスター化してしまった親友たちのように、理性のひとかけが辛うじて永松を支えている。だが、どうしても自分が食べた肉の正体を確かめたくなった田村は、永松が生きた“猿”を狩猟している現場を目撃してしまう──。
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昼間は射るような陽射し、夜間は米軍の砲撃が容赦なく日本兵を襲う。戦闘シーンでは、自主映画と思えないような人体破壊描写あり。
 市川崑監督が撮ったモノクロ映画『野火』(59)では、主人公の田村(船越英二)は歯が悪く、干し肉を食べられないまま物語は終わる。終戦から14年しか経っていなかった当時は、カニバリズムを映画の中で直接的に描くのはあまりに生々しすぎたのだろう。だが、塚本監督が撮った極彩色の『野火』の主人公たちはしっかりと“猿の肉”を喰らう。あの世の食べ物を口にした人間は、もう現世には戻れないといわれる。戦争が終わっても、田村は以前の生活に戻ることはできない。田村の心の中ではいつまでもフィリピンで見た野火が炊かれ、黒い一条の煙が流れ続けている。 (文=長野辰次)
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『野火』 原作/大岡昇平 監督・脚本・編集・撮影・製作/塚本晋也 出演/塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作 配給/海獣シアター PG12 7月25日(土)より渋谷ユーロスペース、立川シネマシティほか全国順次公開 (c)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER http://nobi-movie.com

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