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見事なまでにチャラい9人の男女が集まった恋愛群像劇『恋の渦』。おのれの欲望に向かって突き進む若者たちの姿が赤裸々に描かれる。
映画『モテキ』(11)のいちばん印象に残ったシーンとして、幸世(森山未來)の部屋に終電を逃したみゆき(長澤まさみ)がお泊まりするくだりを思い浮かべる人は多いのではないか。パジャマ代わりのTシャツに着替えたみゆきと幸世との糸を引くようなキスシーンにかつてないMAXエロを誰もが感じた。大根仁監督が敬愛するカンパニー松尾の“ハメ撮り”的手法を駆使し、長澤まさみの知られざる表情を引き出してみせたお手柄シーンだ。劇場デビュー作となった映画『モテキ』の大ヒット後は、ホームグランドである深夜ドラマ枠に戻って『まほろ駅前番外地』(テレビ東京系)で安心感のある職人技に徹した大根監督だが、2年ぶりの劇場映画『恋の渦』では再び過激な演出に挑戦。2時間20分の長尺の中で、幸世とみゆきが見せたエロシーン&リアルな恋愛模様が延々と奏でられる。
すでに2013年4月にオーディトリウム渋谷で、7月に渋谷シネクイントで限定上映された『恋の渦』は、今どきの若者たちの本音を下世話に描き切った内容が評判となり、連日ソールドアウトに。ツイッターで人気がさらに広まり、8月31日(土)より全国ロードショー公開されることになった。ただし、『恋の渦』には森山未來も長澤まさみも出てこない。というか知名度のある俳優はゼロ。まったくネームバリューのない役者たちしか出てこない『恋の渦』だが、それでも作品の面白さからチケットを求める人たちが劇場に詰めかけた。
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純愛を誓い合う大学生のナオキとサトミだが……。フルヌードはないものの、生々しいエロさがスクリーンいっぱいに漂う。
『恋の渦』は三浦大輔率いる人気劇団「ポツドール」が06年に上演した舞台が原作。エッチすることしか考えてない9人の若者たちの物語だ。『モテキ』はサブカルマニアの幸世の視点でドラマが進んだが、『恋の渦』は「メンズナックル」(ミリオン出版)の読者モデルをやってそーなオラオラ系のコウジ(新倉健太)をはじめとする9人の男女のそれぞれの視点が次々とスイッチングしていく目まぐるしい展開。コウジとトモコ(若井尚子)が同棲する部屋に、コウジの仲間、トモコの同僚たち総勢9人が集まり、“部屋コン”と称した鍋パーティーが始まる。恋人のいない冴えないオサム(圓谷健太)に彼女を紹介してやろうというのが飲み会の主旨。ところが「篠田麻理子似」という触れ込みで現われたユウコ(後藤ユウミ)のブサイクさに男性陣はドン引き。部屋コンは盛り上がることなくお開きとなるが、真の物語は映画『モテキ』同様に終電過ぎから始まるのだった!
みんな帰った後のコウジとトモコ、ムラムラした気持ちのまま汚部屋状態のアパートに戻ったオサム、コウジの親友・タカシ(松澤匠)、コウジの弟・ナオキ(上田祐揮)ら4つの部屋で他人に知られると恥ずかしい下世話な会話と痴態が繰り広げられる。まるで隠しカメラで他人の部屋を覗き見しているかのようないかがわしい興奮! いつも思わせぶりにキャンディーをチロチロ舐めているショップ店員のカオリ(柴田千紘)は神出鬼没な上に、脱ぐとオシャレ下着が超セクシー! 映画『モテキ』が人気AV女優の超話題作なら、こちらは「しろーとAV」で同級生のそっくりさんに出会ってしまったような衝撃がある。この、レアさがたまらんッ。
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こちら女子会の様子。3人は同じ職場に勤めるショップ店員らしいが、ヒョウ柄を着こなすショップ店員ってドンキホーテか?
それぞれ生々しい演技を見せてくれたのは、実践的ワークショップ「シネマ☆インパクト」(主宰・山本政志)の大根仁クラスに参加した約30名のメンバーから選ばれし若者たち。ワークショップと聞くとカルチャースクールっぽいイメージがあるが、大根監督は舞台版『恋の渦』を長編映画化することを前提に指導。約10日間のワークショップ期間中、前半は誰がどの役を演じるかのオーディション、後半は具体的なリハーサルに徹したそうだ。そして実際の撮影はわずか4日間! 4つの部屋が舞台となっているが、それぞれの部屋を1日ずつで撮り切るという早技だ。映画出演経験の少ない若手キャストたちだけに、4日間の撮影現場は想像を絶するカオス状態だっただろう。物語の最重要キーパーソンといえる“篠田麻理子似”のユウコ役に当初選ばれていた女性は、プレッシャーのせいか撮影の前々日に音信不通に。そこで今泉力哉監督の傑作恋愛コメディ『こっぴどい猫』(12)で好演していた後藤ユウミを緊急招集。キャストの失踪騒ぎと舞台や映画でのキャリアが多少ある後藤ユウミの特別参戦により、撮影現場はバチーンと引き締まったものになったらしい。トラブルさえ作品のクオリティーを高めるスパイスにしてしまうところは、まさにインディーズ映画ならでは。
撮影日数4日間とは驚きだが、「映画秘宝」9月号(洋泉社)のインタビューで、大根監督は「現場の製作費は10万円」とも明かしている。脚本料やメインスタッフへのギャランティーなどは別にしての撮影現場での雑費代だが、いかに低コストで作られたかが伺える。もちろん深夜ドラマで鍛え上げた大根監督の演出手腕があってこその『恋の渦』だが、人気俳優がブッキングできずとも潤沢な予算がなくとも、企画次第・脚本次第で面白い映画は充分に作れることを大根監督は実証してしまった。「人間の業を描いたおもろい映画」を求めている人はもちろん、映像関係の仕事に興味がある人も観ておくべきエポックメイキングな作品だろう。ただし、映画『恋の渦』の成功は、今でも汲々としたインディーズ映画界にいっそうの低コスト化をもたらしかねない危険な側面も持っている。大根監督が撮り上げた『恋の渦』はとても危険な両刃の剣だ。その切れ味は極めて鋭い。
(文=長野辰次)
『恋の渦』
原作・脚本/三浦大輔 撮影/高木風太、大根仁、大関泰幸 監督/大根仁 出演/新倉健太、若井尚子、柴田千紘、後藤ユウミ、松澤匠、上田祐揮、澤村大輔、圓谷健太、國武綾、松下貞治
配給/シネマ☆インパクト 8月31日(土)よりオーディトリウム渋谷ほか全国順次公開 (c)2013シネマ☆インパクト <
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