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フランク(フランク・ランジェラ)は最新型介護ロボットに自分が磨いてきた一子相伝の技を伝授することに。
子どもの頃から『ドラえもん』に親しんできた日本人は、世界でもっともロボットを愛する国民といって間違いないだろう。本田技研が開発したASIMOをはじめ、ヒューマノイド型ロボットの研究・開発が日本では盛んだ。そんな日本人の心の琴線をつまびく映画が、『素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー』。タイトルが示す通り、ひとり暮らしの老人と従順な介護ロボットとの交流を描いたもの。『ショート・サーキット』(86)や『アイアン・ジャイアント』(99)と同じく、人間とロボットとの友情がテーマとなっている。また、超高齢化社会、無縁社会が現実問題となりつつある点でも、興味深い社会派コメディである。
『素敵な相棒』の主人公は70歳のフランクじいさん(フランク・ランジェラ)。若い頃に宝石泥棒をやって逮捕された前科あり。妻とはずいぶん昔に別れ、成人した息子のハンター(ジェームズ・マースデン)や娘のマディスン(リヴ・タイラー)とはたまにテレビ電話でやりとりしながら、小さな街でひとり暮らししている。自分はまだまだ元気なつもりのフランクだが、認知症の初期症状が見られ、子どもたちは心配してあれこれと口を挟む。子どもたちの世話になるのも、施設に入るのもお断りだ。他人の顔色をうかがいながら過ごす老後なんてまっぴらだし、図書館の司書ジェニファー(スーザン・サランドン)に逢いに行くという楽しみも奪われてしまうではないか。そんなフランクのもとに届けられたのが、最新の自律型高性能ロボットヘルパーだった。孤独死されてはたまらないと息子のハンターが無理して購入したのだ。
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娘のマディソン(リヴ・タイラー)はひとり暮らしの父のことが心配。だが、娘には娘の生き方がある。フランクは同居を断る。
ハイテク機器を嫌っていたフランクだが、ロボットヘルパーはとても控えめでかつ芯が通っている。音声識別でき、会話も可能だが、無駄口はいっさい叩かない。ウマの合わない介護人からグチグチ言われるよりよっぽどいい。何しろロボットなので、気を遣わなくて済む。ロボットヘルパーはフランクの健康状態を毎日チェックし、体調に合った食事を用意してくれる。気ままな散歩にも文句を言わずに付き合ってくれる。ロボットヘルパーと過ごすうちに次第に健康を取り戻したフランクは、若い頃の情熱が蘇り始めた。かつてプロの宝石泥棒として鳴らした腕がうずくのだ。フランクの精神状態が上向きなことを察知したロボットヘルパーは「趣味や生き甲斐を見つけることは素晴らしいことです」と喜ぶ。彼には「顧客の健康改善」が最重要項目としてプログラミングされており、「社会ルールの遵守」はインプットされていなかった。しかも、内蔵されているコンピューターを使って、人間なら1週間はかかる難解なロックシステムもほんの数秒で解錠してしまう。ビバ、ヘルボ! フランクはすっかりヘルボのことを気に入り、家族には言えない秘密を共有する仲となっていく。
フランクじいさんを演じたのは、『フロスト×ニクソン』(08)でニクソン元大統領に扮した舞台出身の実力派フランク・ランジェラ。『スーパーマン・リターンズ』(06)ではデイリープラネット紙の編集長を演じるなど、オールドタイプの頑固じじい役にぴったり。ロボットの声を演じているのはピーター・サースガード。『愛についてのキンゼイ・レポート』(04)では性科学の研究のためにキンゼイ博士(リーアム・ニーソン)とベッドを共にする献身的な助手、『17歳の肖像』(09)ではキャリー・マリガンの貞操と古美術を盗み出すコソ泥……と幅広い役を演じる技巧派だ。タッグを組んだ2人は、法律や世間体など目もくれず、人生における生き甲斐をとことん追求していく。誰にも理解されることのなかった自分の密かな欲望を、丸ごと受け止めてくれる相棒が現われ、フランクはかつてない喜びを感じる。表情のないヘルボだが、IT成金の屋敷に盗みに入る際の足取りは軽やかで楽しげに映る。不良老人と介護ロボットは、最高のパートナーだった。
将来的にロボットは人間のような“心”を持つようになるのだろうか。遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド」の開発で知られる工学博士・石黒浩氏の著書『ロボットとは何か?』(講談社現代新書)で語られている視点が面白い。「人に心はなく、人は互いに心があると信じているだけである」と石黒博士は唱えている。心とはとても主観的なものであり、自分自身で自分の心のありようを的確に捉えることは難しい。しかし、他者が怒ったり、悲しんだり、感情を発露させている様子は理解しやすい。自分に心があるかどうかは分からなくとも、他者に心があることは感じられる。他者も同じように感じているのではないか。お互いに心があると信じ合っているのが人間なのだろう、と石黒博士は自説を述べている。また、石黒博士は同著で「ロボットとは人の心を映す鏡である」とも説く。この見解に従えば、ヘルパーロボットは孤独なフランクの胸の内を実に見事に映し出している。フランクはヘルボのことを「自分の内面を誰よりも理解している」存在、心の友として受け入れるようになる。少なくとも世間体や一般常識を優先している息子たちよりも、ヘルボのほうがよっぽど親身で温かみが感じられる。名前すら与えられていないヘルパーロボット、ヘルボには確かに“心”が存在する。
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ジェニファー(スーザン・サランドン)の勤める図書館もデータベース化され、閉館することが決まった。古き善き物が次々と消えていく。
人間とロボットとの間に友情は成立するかというメインテーマに加え、『素敵な相棒』はもうひとつのテーマを内包している。人間にとっての死と記憶の関係性だ。認知症の初期症状の疑いがあるフランクは、自分が身に付けた盗みのテクニックを後世に残したいという願望を抱いていたが、堅気の生活を送る息子にはさすがに気が引ける。そこで代わりに従順な相棒・ヘルボに伝授する。自分が密かに磨いてきた裏技の後継者が現われ、フランクは安堵感を覚える。だが、小さな街で盗難事件が相次いだことから、前科のあるフランクは当然ながら警察から目を付けられてしまう。事情聴取に訪れた警官たちを玄関に待たせ、これまでフランクに寡黙に仕えてきたヘルボが逆に指示を出す。「自分の中に記録されているメモリーをすべて消去するように」と。そうすれば、フランクがヘルボと共に盗みを働いた証拠も消滅する。だが、認知症の恐怖に怯えるフランクは、ヘルボのメモリーを消去することができない。ロボットにとって記憶の消去は死ではないのか? フランクの健康を願うヘルボの献身的な愛情と親友であるヘルボとの思い出を消し去ることができないフランクの葛藤が本作のクライマックスとなっている。
「ロボットの研究は、人間を知る研究でもある」と石黒博士は語っている。ロボットについて考えることは、人間の心の在り方を想うことでもある。ドラえもんが誕生する2112年までに、人間の心の謎はどこまで解明されているだろうか。
(文=長野辰次)
『素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー』
監督/ジェイク・シュライアー 脚本/クリストファー・D・フォード
出演/フランク・ランジェラ、ジェームズ・マースデン、リヴ・タイラー、ジェレミー・ストロング、ジェレミー・シスト、ピーター・サースガード、スーザン・サランドン
配給/角川書店 8月10日より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
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