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葛飾北斎親子は江戸のゴーストバスターズだった!? 杉浦日向子が愛した世界『百日紅 Miss HOKUSAI』

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葛飾北斎の娘・お栄を主人公にした『百日紅 Miss HOKUSAI』。プロダクションI.G.が製作し、欧州6カ国への配給が決まっている。
 江戸文化をこよなく愛した漫画家・杉浦日向子さんの連作集『百日紅』を、原恵一監督が『百日紅 Miss HOKUSAI』として長編アニメーション化した。天才浮世絵師・葛飾北斎の娘であるお栄(後の葛飾応為)を主人公にしたもので、北斎のゴーストペインターをつとめるほどの腕前を持っていたお栄が絵師として独り立ちを決意するまでの1年間を江戸の風俗と四季の移ろいを織り交ぜて描いている。百日紅(さるすべり)、白木蓮、椿といった花々が咲き乱れ、町人文化が花開いた江戸時代後期の化政文化の華やかさを再現している。  原監督はブレイク作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)の中で“古き良き昭和文化の匂い”を再現したテーマパーク「20世紀博」を生み出し、大人の観客たちを魅了した。本作でもその才能を再び遺憾なく発揮している。時代考証家・稲垣史生氏に弟子入りしていたこともある杉浦さんの著書の力を借りて、スクリーン上に大江戸テーマパークを開催してみせる。このテーマパークは最新4Dシアターかと思うくらい、優れものの演出が施してある。お栄が隅田川に掛かる両国橋を渡るシーンから物語が始まるが、隅田川にそよぐ風、江戸市中を照らす陽射し、橋をわさわさと行き交う人々の体温さえも伝わってきそうだ。お栄は目の不自由な妹・お猶を連れて、夏は川遊び、冬は雪見見物に出掛ける。お猶が手にした隅田川の水や雪の冷たさが、しっかりと感じられる。お栄役の声優を杏がつとめていることもあり、フェイクドキュメンタリー番組『タイムスクープハンター』(NHK総合)よろしく、自分があたかも江戸時代に足を踏み入れたかのような錯覚に陥る。  葛飾北斎、本名・鉄蔵(声:松重豊)と23歳になる娘・お栄(声:杏)は絵を描くことに夢中で、着の身着のままの生活を送っていた。当代一の人気絵師とは思えないような貧乏長屋で暮らし、部屋の中は散らかしっぱなし。ゴミが溜れば、引っ越せばいいという似た者親子だった。いつの間にか、酒好きで女好きな弟子の池田善次郎(声:濱田岳)、後に美人画で人気を得る渓斎英泉が居候している。その日暮らしを続けるこの3人に加え、犬が一匹住みついているのも犬好きな原監督らしい。  原監督は江戸時代の風俗を再現するだけでなく、江戸っ子の“粋”を盛り込むことを忘れない。締め切りに追われている北斎は、版元に悪態は突くが、愚痴はこぼさない。また、どんなに忙しくても、街で噂の美人や怪奇現象を自分の目で確かめるためにすっ飛んでいく。そんな酔狂な父の背中を見て育ったお栄も、ぶっきらぼうな性格だが、絵を描くことを自分の生涯の仕事と決めている。ギャランティーの額や注文主の家柄は関係ない。宵越しの金よりも、絵師としての心を揺さぶる題材に出会うことをこの親子は最優先している。
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93回も引っ越しを繰り返した北斎の住居兼アトリエ。画狂親子の頭には、自炊や掃除といった言葉は存在しなかった。
 江戸時代の売れっ子浮世絵師は、今でいえば宮崎駿か庵野秀明みたいな人気アニメーション監督か。北斎は春画の名手でもあったから、AV監督でもあったといえる。「蛸と海女」は“触手系”のルーツだろう。「富嶽三十六景」をはじめとする風景画も多く残しているから、地道な取材を厭わないフォトジャーナリストでもあった。研ぎ澄まされたセンサーを持つ北斎とそのアシスタントであるお栄は、江戸市中で起きる怪異に次々と遭遇することになる。表現者としての好奇心と業が、どうしようもなく不思議なものを引き寄せてしまうのだ。遊郭・吉原ではろくろ首の花魁と接見し、またお栄が描いた地獄絵があまりにリアルなことから現実世界にまで鬼が火車を引いてやって来る。江戸時代は今よりも夜の闇がもっと濃く、魑魅魍魎たちが跋扈していた。人々も物の怪の存在を信じていたから、彼らはより生き生きとしていた。江戸時代は身分制度が確立されていたが、庶民たちはお金では手に入らない粋を愛し、生活の中にファンタジーが息づいていた時代でもあった。  原作にもある「龍」のエピソードが秀逸だ。例によって北斎の代筆でお栄は龍を描くことになる。締め切りはあと1日。テクニックは充分にあるお栄だが、幻の神獣を描くとなるとさすがに身構える。酔っぱらった善次郎が連れてきた若き天才絵師・歌川国直(声:高良健吾)がお栄に助言する。 「龍にはコツがありやす。筆先でかき回しちゃ弱る。頭で練っても萎えちまう。コウただ待って、降りて来るのを待つんでさ。来たところを一気に筆で押さえ込んじまう」  この国直の台詞は龍の描き方というよりは、形のないフィクションをどうやって自分のものとして体得するかという“創作の極意”みたいなものだろう。その夜、男たちを長屋から追い出して筆を握ったお栄は、雷雲の中から身体を覗かせた巨大な龍と接近遭遇することになる。ただ絵を描くことが大好きだったお栄が、日常の向こう側に潜む“何か”に触れた瞬間だった。  原監督は杉浦作品の大ファンで、アニメーターとして多大な影響を受けたという。『河童のクゥと夏休み』(07)でクゥが龍と遭遇するシーンは、それこそ『百日紅』の「龍」のエピソードからインスパイアされたものだ。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02)には白木蓮の花が散る印象的なシーンがあるが、これも『百日紅』の影響とのこと。お栄が妹のお猶を連れて舟遊びを楽しむシーンは原作にはないが、杉浦さんは豊島園のウォータースライダーがお気に入りだったというおきゃんな一面を思い出させる。同じく姉妹で雪見に出掛けるシーンは、“東京という現象は人々の想念のカタマリだ”と主人公に語らせる『YASUJI東京』のオマージュか。椎名林檎の「最果てが見たい」が主題歌として流れるが、これも杉浦さんのロック好き、椎名林檎ファンだったことを汲み取ってのもの。「杉浦さんの原作は完璧。僕は杉浦さんのいい道具になることを心掛けた」と原監督は語る。
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男っぽい性格だったと言われるお栄だが、年の離れた妹・お猶には優しい。目の不自由なお猶に、世界の美しさを伝える。
 美人漫画家として知られた杉浦日向子さんだが、体力を消耗する漫画執筆業は35歳で引退し、2005年7月に46歳の若さで亡くなった。自分が難病であることは公言しなかった。100日間にわたって咲き誇る百日紅のように、限られた時間の中で『百日紅』や『百物語』などの名作を描き残した。肉体から抜け出した杉浦さんは、今頃は大好きだった江戸時代に生まれ変わって暮らしているのだろうか。ふくよかで艶っぽい杉浦さんに出会った北斎かお栄、もしくは英泉は、ハッとするような美人画を描くに違いない。 (文=長野辰次)
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『百日紅 Miss HOKUSAI』 原作/杉浦日向子 脚本/丸尾みほ キャラクターデザイン/板津匡覧 監督/原恵一 声の出演/杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、清水詩音、筒井道隆、麻生久美子、立川談春、入野自由、矢島晶子、藤原啓治  配給/東京テアトル 5月9日(土)よりTOHOシネマズ日本橋、テアトル新宿ほか全国ロードショー  (c)2014-2015 杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会 http://sarusuberi-movie.com

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