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850万部以上のベストセラー小説を映画化した『ゴーン・ガール』。出版業界で働くフリーランサーたちのうめき声が聞こえてくるような内容だ。
暗い、陰鬱な映画ばかり撮っているデヴィッド・フィンチャー監督は、なぜこんなに人気があるのだろうか。洗練されたビジュアルとは別に、フィンチャー作品にはある共通項がある。それは人間や社会に対する不信感を、真正面から描いているということだ。誰も信じられないこの世界で、それでも『ファイト・クラブ』(99)のタイラー(ブラッド・ピット)や『ドラゴン・タトゥーの女』(11)のリスベット(ルーニー・マーラ)らは自分たちなりの手段で、世界に向き合ってきた。全然かっこよくない『ソーシャル・ネットワーク』(10)のマーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)は人間への不信感の裏返しで、SNSの開発に情熱を注いだ。全米で大ヒットした『ゴーン・ガール』も人間への不信感が主題となっている。ネタバレすると興味が半減するミステリー作品ゆえに、物語の前半パートにとどめて触れてみたい。
『ゴーン・ガール』の主人公は、米国ミズーリ州の閑静な住宅地で暮らすニック(ベン・アフレック)と妻エイミー(ロザムント・パイク)。ニックはNYで雑誌ライターとして活躍し、エイミーは女性誌向けにクイズを作る仕事をしていた。エイミーの両親は著名な児童作家で、人気シリーズ『アメージング・エイミー』は少女時代のエイミーがモデルだったことでも知られていた。NYのパーティーで知り合った2人は、誰もが羨む美男美女のカップルとして結婚に至った。転機となったのは2年前。ニックの母親の介護のために、2人はニックの実家へ転居。介護のかいなく母親は亡くなったものの、ニックは地元でバーを開業し、また広い邸宅も残され、夫婦生活は何ひとつ不自由のないはずだった。だが、5回目を迎えた結婚記念日、エイミーは忽然と自宅から姿を消してしまう。
リビングのテーブルが倒れ、争った形跡があったことから、エイミーは事件に巻き込まれたものとして警察は捜査を始める。ニックは記者会見を開き、その不憫な姿はマスコミを通じて多くの同情を集めた。ところが警察の現場検証が進むと、床には血痕の拭き取られた後が見つかり、ニックがエイミーに多額の保険金を掛けていたことも分かる。第一発見者であるニックは、悲劇の主人公から一転して妻殺しの容疑者へと変わってしまった。マスコミが騒ぎ立て、ニックが地元大学の女子大生と不倫していることも発覚。“完璧な夫婦”像は、まったくの虚像だったことが次々と明るみになっていく。さらにエイミーが残した日記が見つかり、そこには夫には浪費癖があること、夫の暴力に怯えていることが記述されていた。ニックは世間から“ほぼクロ”と断定されてしまう──。
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5回目の結婚記念日、ニック(ベン・アフレック)が帰宅すると、妻エイミーが消えていた。テーブルは倒れ、トラブルが起きたことは一目瞭然だった。
前半はエイミー失踪事件の真相をめぐる緊張感溢れるサスペンスとして展開するが、後半からは「えっ~?」と驚く予想外のストーリーが待ち受けている。ドラマ展開が思いっきり転調していく。でも、ネタバレになるので、『ゴーン・ガール』のあらすじはここまで。代わりに関連作として、夫婦間に横たわる謎をテーマにした別の作品を挙げてみよう。
赤の他人である男と女が夫婦として一緒に暮らすことの奇妙さを描いた作品はロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』(68)、ガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』(95)など少なくないが、観る人によって大きく異なる印象を与えるのがパトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』(90)だ。子どもの頃から「理髪師を妻にする」ことを願っていた主人公アントワーヌ(ジャン・ロシュフォール)はその夢が叶い、理髪店を営む美女マチルド(アンナ・ガリエナ)と結婚する。美しい妻がいれば、後は何もいらなかった。アントワーヌは浮気の類いはいっさいせず、マチルドが客の髭を剃る姿をうっとり眺め、店が終わるとマチルダを抱いた。2人にとって最高に幸せな日々が続いた。だが、ある嵐の晩、マチルドは「買い物してくる」といって出掛け、そのまま帰ってこなかった。やがて、増水した川からマチルドの溺死体が見つかる。
“髪結いの亭主”とは妻に働かせ、ヒモ状態の生活を送る夫のこと。口にはせずとも、多くの男が密かに憧れる職業である。『髪結いの亭主』は男性にしてみれば、とてもファンタジックな世界なのだ。公開時に『髪結いの亭主』を観たときは、美しい妻マチルドは夫から愛されすぎ、もうこれ以上は幸せになれないことを悟って川に身を投げたのだと思っていた。夫には美しい思い出の中の自分を愛し続けてほしいと願いながら姿を消したのだと。公開から時間が経過した今では、違う見方もできるようになった。マチルドは「体のラインが崩れるから」という夫の要望で、子どもを産む機会が与えられなかった。また、夫もマチルドも友達と遊びに出掛けることも、酒や煙草を嗜むこともなかった。男から観ればマチルドは理想の妻、完璧すぎる女である。でも、その役割を24時間×365日にわたって演じなくてはならないマチルドは堪らない。夫が愛しているのは“髪結いの女房”というフィクショナリーな存在であって、生身のマチルドではなかったのだ。耐えられなくなったマチルドは、川に身を投じるしか逃げ場がなかった。男から観ればファンタジーである『髪結いの亭主』だが、女性の立場から観れば妻の都合のいい部分しか知ろうとしない偏狭な夫への復讐劇でもあったのだ。
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やり手弁護士のターナー(タイラー・ペリー)を雇ったニックは、敵対するワイドショーに出演することで身の潔白を訴えようとする。
最後に話を『ゴーン・ガール』に戻そう。エイミー失踪事件が起きたことで、理想の夫婦は偽装夫婦だったことが暴かれる。NYの出版業界で華やかな生活を送っていた2人だったが、出版不況で雑誌が次々と廃刊し、ニックの故郷へ都落ちしていた。親の介護というと聞こえはいいが、実際は親が残した家と財産のお陰で夫婦は暮らしていた。幼少の頃からセレブ扱いされて育ってきたエイミーは、ドン臭い田舎暮らしに辟易していた。夫婦生活のきれいごとでは済まない部分が、次第に観客にも見えてくる。『髪結いの亭主』のマチルドが理想の夫婦生活に疲れ果てたのとは真逆で、『ゴーン・ガール』のエイミーは都会での絵に描いたような理想の生活が忘れられずにいたのだ。
一緒に暮らしている妻(もしくは恋人)は一体何者なのかという、もっとも身近な謎をミステリー作品に仕立てた『ゴーン・ガール』。タイトルが実に象徴的なことに気づく。既婚女性のことを“ガール”とは普通呼ばない。“消えた少女”とは誰のことで、いつどこで消えたのか? フィンチャー監督らしい、人間に対する不信感が吹き荒れる。それでもフィンチャー作品の主人公たちは日々生きていく。神さまが手を差し伸べることも、スーパーヒーローが颯爽と現われることもない。信用ならないこの世界で、どうやって人は生きていくのか。それこそがフィンチャー作品を貫くメインテーマだろう。
(文=長野辰次)
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『ゴーン・ガール』
原作・脚本/ギリアン・フリン 監督/デヴィッド・フィンチャー 出演/ベン・アフレック、ロザムンド・パイク、ニール・パトリック・ハリス、タイラー・ペリー、キャリー・クーン、キム・ディケンズ、パトリック・フュジット、エミリー・ラタコウスキー、ミッシー・パイル、ケイシー・ウィルソン、デヴィッド・クレノン、ボイド・ホルブルック、ローラ・カーク、リサ・ベインズ 配給/20世紀フォックス映画 12月11日(木)前夜特別上映、12日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
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