「あだち充、俺だけは認めてやる!」 「あだち充、あいつ野球マンガの描き方を全然分かってないんだぁ。ダメだよー。いや、俺は好きだけどさー。俺はあだち充が好きだから、ひいき目で見てやってるから面白いけどさー」 あのあだち充に対してどこまでも上から目線の男、それが『アオイホノオ』(テレビ東京系)の主人公、焔モユルである。 『アオイホノオ』の舞台は「若者のファッションと文化が一斉に花開いた時代」である1980年の大阪芸術大学だ。原作は、島本和彦の自伝的マンガ。だから、あだち充、高橋留美子、石ノ森章太郎、松本零士、永井豪といった時代を彩ったクリエイターたちが実名で登場する。名前だけではない。権利関係が煩雑な昨今、“よくぞここまで!”とうなってしまうほど、彼らの作品や本物の声優を起用するなど、忠実に再現している。 監督・脚本は福田雄一。『勇者ヨシヒコと魔王の城』(テレビ東京系)、『コドモ警察』(TBS系)、『メグたんって魔法つかえるの?』(日本テレビ系)、『天魔さんがゆく』(TBS系)、『裁判長っ! おなか空きました!』(日本テレビ系)、『新解釈・日本史』(TBS系)と、次々と深夜のコメディドラマを量産している売れっ子だ。ある意味、いま最もコンスタントに“コント”を作っている作家ともいえる。そんな福田が島本マンガをドラマ化するのだから、笑えないわけがない。 プロのマンガ家を目指す主人公・焔モユルを演じるのは柳楽優弥。映画『誰も知らない』で、第57回カンヌ国際映画祭「最優秀男優賞」を最年少14歳で受賞するという快挙を成し遂げ一躍注目されたが、以降は決してその注目に値する活躍とはいえなかった。カンヌ受賞から10年、『誰も知らない』の自然な演技とは真逆の、熱い男を演じている。喉仏まで見えてしまうほど口を大きく広げ、血走るほど目を見開き、大量の汗が滴り落ちる。その過剰すぎる顔芸! それと呼応するように張り上げた絶叫。うるさいほどの饒舌な独白。マンガから飛び出してきたようなハマりっぷりだ。 ハマッているのは、柳楽だけではない。彼の同級生として登場する庵野ヒデアキ(安田顕)、山賀ヒロユキ(ムロツヨシ)、赤井タカミ(中村倫也)もまた、ハマりまくっている。庵野とは、言うまでもなく後に『新世紀エヴァンゲリオン』を作る庵野秀明のことだ。山賀や赤井も、庵野ともにガイナックスで活躍するアニメ界における重要人物だ。稀代のプロデューサーとなる山賀は、庵野や赤井の才能をいち早く見抜き、「こいつらは絶対捕まえておこう! そうすれば一生食いっっっっぱくれない!」と、2人を自分のグループに取り込んでいく。モユルは幸か不幸か、そんな天才たちと机を並べることになったのだ。 モユルは、庵野たちが作る作品に打ちのめされていく。たとえば、グループで映像作品を作る課題で、モユルは絵コンテを担当する。しかし、出来上がった作品は自分の絵コンテがまったく生かされていない、どうしようもないものだった。一方の山賀グループは、アンコールが起こるほどバカ受けする『ウルトラマン』のパロディを作り上げた。「完敗です……」と、真っ白な灰になったようにうなだれながら、モユルはその作品の何がスゴいかを的確に解説していく。 「誰もが『ウルトラマン』や『仮面ライダー』のようなヒーローモノを撮ってみたい。でも撮れない。それはなぜか? ハードルが高いんです。まず金がなくて、着ぐるみが作れない。(略)しかーし、(庵野たちは)着ぐるみなんか着ていない、ただのジャージとウインドブレーカーだけ。そこが悔しい! どんな格好をしていようが、カラータイマーをつけてしまえばウルトラマン。そんなにもチャチなのに、チャチに見えない。ちゃんと巨大な感じもする。それはなぜか? 音なんですよ! 『ウルトラマン』に実際に使われている効果音をそのまま使っているんです。単なる子どもがやるようなウルトラマンごっこに本物の効果音。その着眼点! その着眼点がスゴいんです!」 そうやって、庵野たちの才能に傷つくモユル。だがここで、モユルに元来備わっている才能もあらわになっている。それは“嫉妬する才能”だ。ちゃんと嫉妬するには、相手の何が優れているのか見極めることが必要だ。モユルは、相手の作品の何がスゴいのかをハッキリと理解している。理解しているからこそ、自分との差が浮き彫りになり、打ちのめされるのだ。 だが、モユルの才能はそれだけではない。 「他人の作品を過大評価できるということは、俺の器がデカい証拠。つまり、まだ俺のほうが勝っている可能性大!」 「感動せん限り、俺の勝ちだぞ、庵野ぉーー!」 「確かにこいつらは、俺より“先”に行っているかもしれません。しかし、“上”には行ってないんですよ」 などと、ダメな現状をごまかす屁理屈と詭弁を駆使する才能だ。真骨頂は、東京へのマンガの持ち込みが失敗した時のエピソードだ。 「今回は辞退だ! クリエイターたるもの、納得できてない作品は世に出してはいかん!」「一流になる男は納得したものしか出さん!」 などと、トンデモ理屈で言い訳して課題の提出をも見送ったりもしていたモユル。だが、ついに一念発起してマンガを描き切り、友人と共に上京し、出版社に持ち込みをする。しかし、自信とは裏腹に、まったく手応えのない反応しか返ってこなかった。 「完全に東京に打ちのめされたんだ。まったく評価されないマンガを自分が描いていたなんて気づいていなかったし、気づきたくもなかった。持ち込みなんてしなきゃよかったんだ! 東京なんて来なきゃよかったんだ!」 と落ち込むモユルだが、大阪に帰ると一変する。持ち込んだ際、作品をコピーされたという一点だけを拠りどころにして「月間持ち込み大賞」に受賞しているはずだと、周囲に吹聴するのだ。 「俺ってすごいんじゃないか? 持ち込みが大失敗したことを悟られないために、脳みそをフル回転させてでまかせを言ってみたが……全然、でまかせじゃない!」 幾度となくどんなに打ちのめされても、たった一欠片の希望を信じ、何度でも奮い立っていく。 モユルは、どうしようもなく弱い人間だ。けれど、誰よりも熱い。その熱が、自分を強い人間だと自分自身に思い込ませている。ある意味で、それはモユルの持つ特別な才能だ。モユルは自分を“騙す”天才なのだ。その姿は滑稽で、コメディにしか見えないかもしれない。けれど、切ないほど真剣だ。だから笑いながらも、どこか胸の奥が痛くなる。 もちろん『アオイホノオ』は、80年代のサブカル史としても面白い。また、庵野をはじめとする有名クリエイターの裏話的な面白さもある。だが、何よりも、まだ何者でもないにもかかわらず、自分には特別な才能があると信じて疑わないモユルの挫折、葛藤、嫉妬、挑戦を描いた、ド直球の青春ドラマなのだ。 庵野は、前述の『ウルトラマン』パロディが大ウケし、アンコールが起きた時に悔しそうに言い放った。 「ウケようと思って作っているのではない! 感動させようと思ってるんだ!」 それはまさに、『アオイホノオ』という作品全体が発しているセリフではないだろうか? (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからドラマ24『アオイホノオ』テレビ東京
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庵野秀明、山賀博之ら有名クリエイターの裏話だけじゃない! ド直球青春ドラマ『アオイホノオ』
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