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エロサイトでお金を稼ぐ未成年のカイル(マックス・シエリオット)。学歴も開業資金もない若者たちにとって、ネットビジネスは魅力的だ。
時計さえ発明されなければ、人間は時間に追い掛けられずに済んだ。ある詩人はそう語った。現代のネット社会を見たら、その詩人は何と言うだろうか。ネットさえなければ、人間は新しい孤独に悩まされずに済んだ。そんな言葉を残したかもしれない。人間社会を豊かで便利なものにするはずのインターネットだが、日常生活に欠かせないものになるにつれ、ネット文化が招くマイナス面が年々大きくなっている。人と人とのコミュニケーションを円滑にする一方、誤解や犯罪も簡単に呼び寄せてしまう。米国映画『ディス/コネクト』はタイトルの通り、インターネットに依存するあまり家族や大切な人と接触不能状態に陥ってしまった人たちを主人公にした群像劇となっている。
『ディス/コネクト』はネット上で起きる3つの事件を描いている。SNS上での嫌がらせ、ネット詐欺、違法アダルトサイトと我々がいつ巻き込まれてもおかしくないケースばかりだ。ハイスクールに通う内気な少年ベン(ジョナ・ボボ)は、最近はとても機嫌がいい。ネット上にアップしていた自作の曲を「感動したわ」と書き込んでくれたジェシカという少女から度々メッセージが届くようになり、学校で友達がいないベンはうれしくて堪らない。ジェシカも家庭や学校に自分の居場所を見つけることができずに悩んでいる。2人は孤独を共有できる唯一の親友同士だった。ある日、ジェシカからヌード画像が送られてきた。驚くベンだったが、彼女に嫌われたくないあまりに自分も下半身を剥き出しにした画像を送り返す。ベンの裸の画像はすぐさまネット上にアップされ、学校中の生徒たちがベンを指差して大笑いした。ジェシカという少女は存在せず、同級生のジェイソン(コリン・フォード)が友達と悪ふざけでなりすましメールを送っていたのだ。初めての親友に裏切られたベンは自宅で首を吊り、病院へと運び込まれる。
生後間もない赤ちゃんが亡くなり、シンディ(ポーラ・パットン)とデレック(アレキサンダー・スカルスガルド)の夫婦仲はうまくいっていない。シンディの悲しみを癒してくれるのは、同じように大切なものを失った経験を持つ人たちとのチャットでのやりとりだった。仕事を口実に外出してばかりのデレックと違って、チャットの住人はシンディの言葉に真剣に耳を傾けてくれる。だが、そんな時に事件が起きた。チャットを介してシンディのパソコン上の個人情報が流出し、夫婦で共有していたクレジットカードが不正に使われ、気づいたときには残高ゼロになっていた。デレックは妻がネット詐欺に遭ったこともショックだったが、自分に話さないような悩みまで見知らぬチャット相手に打ち明けていたことに怒りを感じた。警察に届けてもらちがあかないため、デレックはネット専門の探偵に犯人探しを依頼する。
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弁護士のボイド(ジェイソン・ベイトマン)は、息子のベンが自殺を図ったことに衝撃を受ける。SNS上でのやりとりが原因だったらしい。
3つめの問題は、未成年者たちが集う違法ポルノサイト。ニュースレポーターのニーナ(アンドレア・ライズブロー)は、ポルノサイトのチャットでイケメン少年のカイル(マックス・シエリオット)と知り合い、顔を出さないことを条件に取材を申し込む。家庭や地域社会に自分の居場所が見出せない少年少女たちが自分たちのコミュニティを築き、生活費を稼ぐ手段としてポルノサイトを運営していることが分かった。ニーナが取材した番組は反響を呼び、CNNで全国放映されることが決まった。カイルと祝杯をあげるニーナだったが、カイルの将来のことが次第に気になり始める。数日後、テレビ局にFBIが現われ、違法サイトに関する情報を提供するよう求めてきた。取材ソースは明かせないと抵抗するニーナだったが、テレビ局のお抱え弁護士ボイド(ジェイソン・ベイトマン)から「コンプライアンスを遵守するべし」と指示される。カイルを売って身の保全を優先するか、カイルとの信頼関係を守るべきか、ニーナは二者択一を迫られる。
バラバラに起きた事件のようだが、物語を追っていくうちに、3つのトラブルはそれぞれ絡み合っていることが分かってくる。自殺を図り、病院で昏睡状態が続くベンの父親は弁護士のボイドで、いつも仕事に追われ、ベンが学校でも家庭でも孤立していたことに気づかずにいた。ベンを自殺に追い込んでしまった同級生ジェイソンの父親は、ネット専門の探偵マイク(フランク・グリロ)。マイクはネットの危険性を熟知するあまり、ジェイソンに対しパソコンの使用を厳しく制限していた。その反動で、ジェイソンはネット上でいたずら行為に走ってしまう。ネット探偵マイクが調べあげた情報をもとに、デレックは妻とチャットしていた相手・シューマッカー(ミカエル・ニクヴィスト)の自宅へと向かう。弁護士のボイドは息子が病院に運ばれたことに動揺し、レポーターのニーナが起こした揉め事を早急に解決しようと焦る。3つの事件は当事者たちの心のスレ違いが原因で起き、やがて複雑に混線し、取り返しのつかない状態へと陥っていく。ネット社会の縮図が115分のドラマの中で描かれていく。
一見、どうしようもなくこんがらがってしまった負の連鎖劇に思える本作を、痛みと温かさを感じさせるヒューマンドラマにまとめ上げたのはヘンリー=アレックス・ルビン監督。ドキュメンタリー映画『マーダーボール』(06)がアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた経歴を持つが、劇映画は本作が初めて。『マーダーボール』は車椅子ラグビーで体中にアドレナリンをたぎらせた身障者たちが激しくぶつかり合う格闘ロマン。車椅子ラグビーに生き甲斐を見出す身障者たちの狂乱ぶりが観る者の心を揺さぶる快作だった。身体性200%のスポーツドキュメンタリーから、一転してネット社会を題材にしたシリアスドラマに挑んだ意外性が面白い。今回は劇映画だが、キャストたちの目の届かない場所にカメラを配置して隠し撮りさながらに撮影し、脚本通りのテイクを撮った後にキャスト自身の生の言葉をアドリブでしゃべらせたテイクも撮るなど、ライブ感を活かした演出を盛り込んでいる。フィクションとしてのドラマではなく、観ている我々と地続きの出来事として本作を届けたいという想いが強かったのだろう。
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ネット専門の探偵マイク(フランク・グリロ)。自分の息子がパソコンで何かトラブルを引き起こしたことに気づくが……。
同じ5月24日(土)に公開される早見和真原作、石井裕也監督の『ぼくたちの家族』と同様に、『ディス/コネクト』もまた家族の崩壊と再生が描かれる。『ぼくたちの家族』の父親(長塚京三)はマイホームさえあれば温かい家庭を築くことができると信じて働き続けてきたが、母親(原田美枝子)の入院がきっかけで多額のローンが残っていることが発覚。子どもたち(妻夫木聡、池松壮亮)は母の介護と膨大な借金に向き合わざるをえない。幸福な家族のシンボルだったマイホームが、一家を苦しめることになる。『ディス/コネクト』の弁護士ボイドもネット探偵のマイクも、家長である自分が懸命に働けば、子どもたちはその背中を見て真っすぐに育ってくれると信じていた。だが、子どもたちには、いつも背中を向けている冷たい大人としてしか認識されない。ネット上で知らない人と仲良くなるのは簡単なのに、同じ屋根の下で暮らす家族とは顔を向き合って本音を語り合うことは容易ではない。だが、本音で向き合うことを避けていては、再生の道は開かれない。タッチパネルの操作と違って、それはとても煩わしく、鈍い痛みを伴う作業だ。
『ディス/コネクト』の後半、弁護士のボイドは息子のベンがなぜ自殺を図ったのか真相が知りたく、ベンのネット上の履歴を調べ始める。息子のパソコンを覗くという行為は、思春期の少年の心の闇に足を踏む込むことと同じだった。ボイドはそこでジェシカという少女に出会う。彼女もまた心に深い闇を抱えていることをボイドは知る。事件の真相が分かったところで、ベンの意識が回復するわけではない。父親であるボイドにできることは、ただひとつ。病院で眠り続ける息子の手をしっかりと握り、その温もりを確かめることだった。
(文=長野辰次)
『ディス/コネクト』
脚本/アンドリュー・スターン 監督/ヘンリー=アレックス・ルビン 出演/ジェイソン・ベイトマン、ホープ・デイヴィス、フランク・グリロ、ミカエル・ルクヴィスト、ポーラ・パットン、アンドレア・ライズブロー、アレキサンダー・スカルスガルド、マックス・シエリオット、コリン・フォード、ジョナ・ボボ、ヘイリー・ラム
配給/クロックワークス PG12 5月24日(土)より新宿バルト9ほか公開
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