「お前、うますぎるわ!」 マツコ・デラックスは、黒人ラッパーの流暢すぎる進行に驚愕しながらツッコんだ。 その男の名はACE。彼は、ヒップホップ界隈ではすでに有名な存在だ。『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)では「ラスボス」般若の“通訳”役を務めているのをはじめ、多くのバラエティ番組に出演。CSでは『ラッパー“ACE”の世界をねらえ』(MONDO TV)という冠番組まで持っている。ちなみに『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)にも“終電を逃したラッパー”として密着されたことがある。 マツコは、そんなバラエティ慣れしたACEの、ユーモアを挟みながらわかりやすくラップを解説する姿に舌を巻いていたのだ。 これは、気になるスポットに中継をつなぎ、それを見ながら企画会議を行う『マツコ会議』(日本テレビ系)での一幕。中継先とやりとりをしていく中で、“総合演出”のマツコがテーマを決め、VTRを作り、ホームページで公開するというコンセプトの番組だ。 7月2日放送の回で、下北沢で開催されている「ラップサークル」にカメラが潜入すると、そこで講師を務めていたのがACEだった。 教室のホワイトボードには、こんなふうに書かれている。 今日のご飯は“炊きたて” これが母の□□□□ でも毎日カレーは□□□□ たまには食べたい□□□□ この3つの□□□□に、「炊きたて」の母音「aiae」で韻を踏んだ言葉を穴埋めしていこうという授業である。 ひとりの女生徒は、それを上から順に「愛だね」「飽きたね」「まいたけ」と韻を踏んでいく。「ほかにないか?」とACEが振ると、手を挙げたのは「長老」と呼ばれる生徒。彼が「さじ加減」「なしだぜ」「闇鍋」と答えると、ACEは「ありきたりなのは嫌なんですね。いったい、人生に何があったのか?」と笑わせる。 「やってることは、ほぼ『笑点』よね?」というマツコに、「そうですね、座布団のない『笑点』」とACE。 「なんでそんなにしゃべりうまくなったの?」 「反省文書きすぎたからですかね」 ACEはラップで鍛えられたであろう瞬発力で、よどみなく答えて、芸人顔負けに笑わせていく。 授業は山手線ゲーム形式で韻を踏んでいく課題を経て、フリースタイルのMCバトルへ。ACEは、即興で相手をディスり合うMCバトルは「パンチライン」が大切だと解説。たとえば「でしゃばりすぎ」と相手にディスられたら、それを受けて「お前うるせえよ、“ペチャパイ好き”」と、相手のディスに対し韻を踏んで返すと高評価につながる、と。 番組でもラップの基本授業の光景から見せていたため、ラップをよく知らない番組視聴者でも、授業を受けるように、ラップの仕組みを理解でき、その何がすごいのかがとてもわかりやすい。これまでラップに接する機会があまりなかったというマツコも、感心しながら言う。 「ラッパーって、賢くなきゃできないね」 『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)の「高校生RAP選手権」や『フリースタイルダンジョン』をきっかけに今、ヒップホップが注目されている。雑誌では「サイゾー」、「ユリイカ」(青土社)、「クイック・ジャパン」(太田出版)、「TV Bros.」(東京ニュース通信社)などが相次いでフリースタイルを中心としたヒップホップの特集を組んだ。 たとえば『クイック・ジャパン』(Vol.126)では、いとうせいこうがお笑い芸人との類似性を指摘している。 「お笑いで上に上がるためには、ネタが面白いにはこしたことがないけど、その場その場でなにを言えるかという能力が必要」 それは、まさに「フリースタイル」だ。だから「芸人はそのことに焦って学ばなければいけないし、勝たなければいけない」と、いとうは言うのだ。 確かに、90年代以降、文化系で表現欲のある若者の最大の受け皿はお笑いだったが、それがヒップホップに変わりつつあるイメージがある。事実、このスクールに集まる生徒の多くはごく普通の人たちだ。 かつて「お笑いの学校なんて」と嘲笑されていたお笑い養成所が今では当たり前になったように、ラップの学校にもそんな日が来るのかもしれないし、ラッパーがテレビの世界を席巻する日も近いのかもしれない。 実際、このところさまざまなバラエティ番組で、ラッパーを使った企画を見かけるようになった。とはいえ、まだまだラッパーをうまく生かせず、持て余しているように見える番組が多いが、この企画はそうした番組の中でもラップを知らない人にラップの楽しさを伝えるという点で珠玉の回だった。その大きな要因は、マツコの柔軟さにある。 『マツコ会議』が取り上げるスポットの多くは、若者の流行の最先端だ。そういった目新しいものに対し、僕らは先入観で警戒してしまいがちだ。マツコも一見偏屈に見えるが、その実、自分の先入観を破られることに抵抗があまりない。むしろ、それを楽しんでいるフシがある。そうした場面は『マツコ会議』の中でよく出てくる。もちろん、今回もそうだった。 番組冒頭で、ラップは「反体制的な人たちがやっているイメージ」と語っていたマツコが、素直に「イメージが変わった」と言う。 「高尚なお遊びよね。ものすごく頭使うし、でもやってることは遊びなんだよ。そこがカッコいいと思った」 マツコの柔軟さが、僕らの先入観をも壊してくれるのだ。 なお、現在番組ホームページには、マツコが「なかなかの仕上がり」と評するACEを密着したVTRが公開されている(http://www.ntv.co.jp/matsukokaigi/)。まさに「なかなかの仕上がり」だ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから日本テレビ『マツコ会議』
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ラップは賢くないとできない――『マツコ会議』でマツコが壊す先入観
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