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多部未華子、綾野剛が官能シーンに挑んだ『ピース オブ ケイク』。2人が演じた主人公・志乃と京志郎は、抑えがたい恋愛感情に呑み込まれていく。
恋におちた瞬間のフワフワとしたゼログラビティ感、そして惚れた相手への胸の中へとぐい~んと引き寄せられていく甘美なひと時。体が触れ合うと激しい電流が全身を貫く。あの陶酔感が忘れられず、人は何度でも恋をしてしまう。田口トモロヲ監督、多部未華子主演による『ピース オブ ケイク』は人が恋におちる瞬間をディテールたっぷりに描き、狂おしいまでに成長したその感情がどのような終焉を迎えるかまでを克明に描いている。いわば、人間にはコントロールしがたい“恋愛”という感情の一生をドラマ化したものとなっている。
『ピース オブ ケイク』は2003年~2008年に雑誌連載されたジョージ朝倉の同名コミックが原作。“ピース オブ ケイク”とはひと切れのケーキを食べるくらい簡単なこと、朝飯前という意味。主人公の梅宮志乃(多部未華子)は男がいないと不安な女の子。正樹(柄本佑)から交際を申し込まれ、体の関係を重ねていた。男に迫られると断れない性格だった。このまま正樹と結婚するのかなと考えていた矢先、職場の同僚とひと晩だけ浮気したことが正樹にバレ、 別れを告げられる。正樹に特別な感情を抱いていたわけではないが、交際を求めてきた相手から振られたのはショックだった。正樹とのエッチの際に使っていたピンクローターを可燃物か不燃物かどちらに棄てるかで悩みながら、当分恋はしないと誓う志乃だった。心機一転を図って安アパートに引っ越すが、隣室に住んでいるヒゲ面の男・菅原京志郎(綾野剛)が気になってしまう。ヤバい。志乃のタイプだった。志乃の男絶ちの誓いはあっけなく崩れる。
京志郎には成田あかり(光宗薫)という同棲中の彼女がいる。これで惚れずに済むと安堵する志乃だったが、あかりは志乃を意識しまくり。そのことが志乃の闘志に火を点けてしまう。異様に面倒くさい女・あかりは同じビデオレンタル店で働く京志郎と志乃の仲を疑い、アパートから失踪。あかりという障害がなければ、もう志乃と京志郎の間を阻むものはなにもない。2人は一直線に激しく求め合う。取り壊し寸前のボロアパートが愛の世界へと変わっていく。清純派のイメージの強かった多部未華子だが、綾野剛との濡れ場は惚れた男と初エッチする女の子のドキドキ感がリアルにじんじんと伝わってくる。濃厚キス&エロシーンに、下着を脱いで真っ向勝負を挑む多部未華子の女優魂が気持ちよい。
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初めてのお泊まり旅行で盛り上がる志乃(多部未華子)と京志郎(綾野剛)。まずは温泉地名物「秘宝館」で、お互いのエロ偏差値をチェック。
晴れて恋人関係になった志乃と京志郎のお泊まり旅行も盛り上がる。熱海の隠れ人気スポット「秘宝館」デートで、2人はきゃっきゃっとはしゃぐ。原作にはないオリジナルシーンだが、大人の恋愛ドラマであることを印象づける。露天風呂つきの温泉旅館では、しっぽり裸のお付き合い。恋愛が成就した幸福感でいっぱいの2人だが、京志郎のケータイにあかりとの新しい会話履歴は残っていたことから、普段は温厚な志乃の怒りがバクハツ。京志郎はあかりとまだ切れてなかったのだ。「エッチはしていない」と懸命に弁解する京志郎に対して、志乃は言い放つ。「お前はすでにヤッている!」。あんなに楽しかった温泉旅行だったのに、帰りはどんよりダウナー気分に。まるでジェットコースターに乗っているかのように、2人の恋愛感情は幸せの絶頂から奈落へと急降下していく。どうしようもなく恋が始まったように、別れの日もどうしようもなく訪れてしまう。
人気女優をキャスティングした恋愛映画のほとんどは、セックスシーンは省くか、ベッドに倒れ込んだら次のシーンはもう翌朝というパターンなのに対し、パンクバンド・ばちかぶり時代に数々の破天荒パフォーマンスで伝説を残したトモロヲ監督は、そんなヤワな表現では済ませない。プロデューサーから「R指定にはしない」と釘を挿されていたが、逆にR指定ギリギリの表現にこだわった。トモロヲ監督を含め男子4人からなる演出部で、ベッドシーンの絡みを事前にムービー化。映倫に見せ、どこまでの表現なら許されるのかを入念に確認し、さらに多部未華子、光宗薫らベッドシーンのあるキャスト陣にもムービーを見せ、OKをもらった上で本番に挑んだ。さすが、元エロ劇画家・田口智朗! この演出部による男だけのベッドシーンのムービー、DVDの特典にすればかなりのニーズがあるに違いない。
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謎の多い女・成田あかり(光宗薫)は物語のキーパーソン。かなり濃厚な濡れ場で存在感を示した光宗も、女優として露出が増えていきそうだ。
トモロヲ監督といえば、監督デビュー作『アイデン&ティティ』(03)が強い余韻を残した。1990年代前半のバンドブームに踊らせられたロック青年・中島(峯田和伸)を主人公に、自分が本当にやりたいことをやり続けることと食べていくことを両立させる難しさを切実に描いた。みうらじゅん原作の『アイデン&ティティ』が男目線で高円寺周辺のサブカルシーンで右往左往する若者たちの姿を捉えたように、ジョージ朝倉原作の『ピース オブ ケイク』は女の子目線で、より現代の中央線文化を描写する。『アイデン&ティティ』の中島の彼女(麻生久美子)は男にとっての“理想のミューズ”だったが、『ピース オブ ケイク』の志乃は生身の25歳の女の子だ。当たり前のことだが、男だけでなく、女性もまた自己表現欲や野心を抱えながら、恋や仕事に懸命に生きていることに気づかせられる。男と女の違いは、どうやら恋愛に関する発火温度と燃焼速度がビミューに異なるという程度のものらしい。
物語の後半、『アイデン&ティティ』の主人公・中島を演じた峯田和伸が現われ、恋に億劫になっている志乃をギター片手に挑発する。恋愛は出口の見えない不思議な迷宮だ。原作者が異なるはずの『アイデン&ティティ』と『ピース オブ ケイク』がいつしか迷宮の中でリンクしている。ギターをかき鳴らす峯田の歌声に呼び寄せられ、意外な人物が志乃の前に姿を見せる。志乃にとってストライクど真ん中の男だったが、痛い恋愛を経験した志乃はもう状況に流されるだけの受け身の恋愛からはきっぱりと卒業していた。志乃の前に待っているのは、絵に描いたような理想の恋愛ではなく、もっとディープでより激しい大人の恋愛だった。
(文=長野辰次)
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『ピース オブ ケイク』
原作/ジョージ朝倉 脚本/向井康介 監督/田口トモロヲ 音楽/大友良英 主題歌/『ピース オブ ケイク 愛を叫ぼう』加藤ミリヤ feat.峯田和伸
出演/多部未華子、綾野剛、松坂桃李、木村文乃、光宗薫、菅田将暉、中村倫也、安藤玉恵、森岡龍、山田キヌヲ、宮藤官九郎、柄本佑、峯田和伸
配給/ショウゲート PG12 9月5日(土)より新宿バルト9、渋谷シネマライズほか全国ロードショー
http://pieceofcake-movie.jp