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ピンク映画界で活躍する愛田奈々をヒロインに起用した『色道四十八手 たからぶね』。ピンク映画の伝統を受け継ぎ、35ミリフィルムで撮影された。
人と人との肌が触れ合う温かみと、その触れ合った肌はいつかは離れなくてはならないという切なさ。渋谷ユーロスペースで封切られる成人映画『色道四十八手 たからぶね』には、そんな生きとし生けるものの万感の思いが込められている。決して大予算を注ぎ込んだ大作でもなければ、大物キャストを起用したわけでもないが、ピンク映画50周年記念にふさわしい心に染みる官能ドラマとなっている。
『たからぶね』の企画・原案はピンク映画黎明期から活躍し、美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)や可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)などを撮り上げた渡辺護監督。製作準備中だった2013年12月24日に渡辺監督は大腸がんのために亡くなり、その遺志を引き継ぐ形で脚本を担当していた井川耕一郎が演出も務め、商業監督デビューを果たした。人と人との出会いと別れの妙こそが、人生でありドラマなのかもしれない。
本作のキーワードは、タイトルに謳ってある“たからぶね”。おめでたい宝船をめぐって、4人の男女の痴態が描かれる。主人公は千春(愛田奈々)と一夫(岡田智宏)という若い夫婦。一夫が出勤する際には千春がキスで見送るという、甘い新婚気分を漂わせている。セックスに関して千春は奥手だが、そんな妻のことを一夫はウブな女だとかわいく思っている。ある晩、千春がベッドの中で寝言で「たからぶね」と呟く。七福神が乗る宝船のめでたい夢でも見ているのかと、一夫は微笑ましく千春の寝顔に見とれていた。夫婦水入らずの幸せな時間が流れていく。
一夫は千春を連れて、叔父の健次(たかみつせいじ)と妻・敏子(佐々木麻由子)が暮らす家に遊びにいく。身寄りのない千春が敏子から家庭料理を習っている間、一夫は健次がこっそり隠し持っていた年代物のエロ写真集を見せられる。その写真集は江戸時代の春画を実演したもので、“四十八手”と呼ばれる様々な体位が網羅されていた。見慣れた体位からアクロバティックなものまで並ぶ中、あるページに一夫は目が釘付けとなる。そのページでは仰向けになった男が片足を直角に上げ、男の上に股がった女はその足にしがみついている。男の足を帆柱に見立てた性戯“宝船”、別名・交叉対向男性仰臥位だった。騎乗位で男を操る女は、まるで弁天さまのようだった。「宝船という体位があったんだ。よ〜し、いつか千春と試してみよう」とにやける一夫。でも、いつかという日は決して訪れない。千春のウブさは一夫にだけ見せていた仮面であって、実は不倫の常習者であることが分かる。しかも、千春の不倫相手は意外な人物だった……。
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ミステリアスな美しさを感じさせる千春(愛田奈々)。実家はなく、男たちの間をさまよい続ける寄る辺なき女だ。
若い夫婦と熟年夫婦のそれぞれの性の営みを描いたピンク映画ならではのセックスコメディだが、4人の男女の絡みの他にも、江戸時代から伝わる春画の世界が男女のモデル(野村貴浩、ほたる)によって再現される。昔々、春画は性の教科書として花嫁道具のひとつだったなどのエロトリビアも盛り込まれる。カレーライスに添えられた福神漬けのようなサービスがうれしい。『たからぶね』は1962年に製作・公開された『肉体の市場』から始まるピンク映画50年の歴史だけでなく、日本の性文化そのものを俯瞰してみせる。数々の性戯の末に、自分も自分のご先祖さまも生まれてきたのだという連綿たる性の歴史がここにある。なんと広くて深い快楽の海だろう。そんな大海原の中、不思議な巡り合わせで千春と一夫は出会ったのだ。一夫は千春と過ごした甘い日々が愛しくて仕方ない。できれば、2人で“宝船”を試してみたかった。宝船に乗った千春は、一体どんな表情を見せただろうか。2人で一緒に舟を漕いで、もっともっと沖まで出てみたかった。この世界には、まだ2人が知らない秘宝や喜びがいっぱい隠されているのだ。
ピンク映画50周年記念作品『たからぶね』をプロデュースしたのは、ピンク映画専門誌「PG」を25年間にわたって自費出版し続けている林田義行、関西を拠点にしたピンク映画の無料情報誌「ぴんくりんく」を発行している太田耕耘キの両氏。『たからぶね』はもともとは渡辺監督が『喪服の未亡人 ほしいの…』(08)を撮り終えた後、新作として温めていた企画だった。だが、近年のピンク映画界は製作本数の減少など状況が大きく変わったため、脚本は完成したもののお蔵入り状態に。そこで渡辺監督と交流の深かった太田氏が林田氏に声を掛け、ピンク映画史のメモリアル作品として共同プロデュースが実現した。
「映画をプロデュースするのは初めての体験でしたが、ピンク映画50周年という節目の作品に携われるなんて希有なことだし、脚本も面白かったので、喜んで引き受けました。まぁ、引き受けたものの大変でしたが(苦笑)。ピンク映画50周年にあたる2012年には製作の目処が立たず、最終的に『ぴんくりんく』と『PG』での自主制作という形になったんです。また撮影に入る直前に渡辺監督が亡くなるという思いがけない事態にもなりましたが、入院中だった渡辺監督から『映画を完成させろ』と指名された脚本家の井川さんが独自色を出しながらも、渡辺監督が生前語っていた企画意図も汲み取った作品に仕上げてくれました。ゆくゆくは成人館でも上映したいと考えていますが、自主制作ゆえに契約館があるわけでもなく、この映画を上映してもらう営業をかけるところからのスタート。いわば、ピンク映画の原点に戻ったということです。まずは一般館での上映から始めるので、ピンク映画を知らない若い世代や女性の方たちにもピンク映画の面白さを感じてもらえるとうれしいですね」(林田氏)
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江戸時代の春画を再現。ピンク映画のみならず、日本のポルノグラフィー全体を振り返った壮大な内容となっている。
ピンク映画の伝統に従い、35ミリフィルムで撮影し、アフレコで仕上げられた『たからぶね』。フィルム上映に最期までこだわった新橋ロマン劇場が8月末で閉館したため、『たからぶね』は都内でピンク映画をフィルム上映で観賞できるレアな機会となる(上野オークラはデジタル上映)。フィルムならではの温かみのある質感で撮り上げられた女優陣の柔肌と先人たちが編み出した性戯の数々をこの目に焼き付けたい。
(文=長野辰次)
『色道四十八手 たからぶね』
企画・原案/渡辺護 監督・脚本/井川耕一郎 出演/愛田奈々、岡田智宏、なかみつせいじ、佐々木麻由子、ほたる、野村貴浩
製作・配給/PG ぴんくりんく R-18 10月4日(土)より渋谷ユーロスペースにてレイトショー。以後、大阪・第七藝術劇場、京都みなみ会館、神戸映画資料館ほか全国順次公開予定
※10月11日(土)よりユーロスペースにて特集上映《渡辺護 追悼、そして「たからぶね」の船出》を開催。渡辺護監督の貴重な旧作ピンク6本と井川耕一郎監督による『渡辺護自伝的ドキュメンタリー』を上映
(c)PG ぴんくりんく
http://watanabemamoru.com