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『沈黙 サイレンス』(16)にも主演したアンドリュー・ガーフィールド。衛生兵役で、再び日本人の恐ろしさに直面する。
戦争とは国の命令で行なわれる人と人との殺し合いだが、人命を救うことを目的に戦争に参加したおかしな一人の男がいた。太平洋戦争末期、壮絶さを極めた沖縄戦において米軍の第77師団に“衛生兵”として従軍したデズモンド・ドスがその人だ。『ブレイブハート』(95)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞したメル・ギブソン監督は、米軍で変人扱いされ続けたデズモンドを主人公にした嘘のような本当の話を『ハクソー・リッジ』として映画化している。
主人公となる若者デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)は米国バージニア州出身。彼のプロフィールを語る上で重要となってくるのは、イエス・キリストの再誕を信じる「セブンスデー・アドベンチスト教会」の敬虔な信者だったということ。第一次世界大戦に従軍した父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は戦場からの帰還後はアルコール依存症となり、家庭内での口論や暴力が絶えなかった。聖書を心の拠り所にした少年期を過ごしたデズモンドは、年頃になって病院で出逢った看護士ドロシー(テリーサ・パーマー)と恋に陥る。折しも第二次世界大戦が本格化し、自分だけが幸せになることにデズモンドは疑問を感じ、ドロシーや戦場の恐ろしさを知るトムの大反対を押し切って、志願入隊してしまう。「なんじ、殺すことなかれ」と説く聖書の教えを守るため、衛生兵としての入隊だった。
グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)率いるライフル部隊に配属されたデズモンドだが、聖書の教えを貫き、頑なに銃を手にしようとしない。安息日には演習にも参加せず、祈りを捧げるだけ。当然ながら、部隊内でデズモンドはいじめの標的となる。夜宿舎のベッドで眠っていると、『フルメタル・ジャケット』(87)のおちこぼれのデブのように、毛布の上からボコボコにされる。最初の休日にドロシーと結婚式を挙げる約束を交わしていたが、ライフルの演習がまだ済んでいないという理由から休日を取り消されてしまう。上官たちから「早く除隊したほうが、君のためだ」と忠告されるも、デズモンドの決心は揺るがない。ついには軍法会議に呼び出される騒ぎとなる。
異民族による人間狩りの恐怖を描いた『アポカリプト』(06)以来の監督作となったメル・ギブソンだが、軍隊内のいじめ描写はいっさい手加減なし。さらにメル・ギブソンは初代『マッドマックス』(79)らしく、物語後半からはフルスロットルでバイオレンス描写のレッドゾーンへと飛び込んでいく。それまでの軍隊内でのいじめが、ほんのままごとのように思えてくる。沖縄に向かったデズモンドたちは、暴力の果てしない無限地獄へと転がり落ちていく。
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恋人ドロシー(テリーサ・パーマー)と婚約して幸せの絶頂にあったデズモンドだが、みずから地獄行きを選ぶ。
沖縄戦において日本軍が選んだ戦術とは、沖縄の住民たちを守るための防衛戦ではなく、本土決戦を1日でも遅らせるための捨て石作戦だった。米軍がハクソー・リッジ(のこぎり崖)と呼んだ絶壁上にある前田高地には、深い深い地下壕が掘られ、米軍をあえて上陸させた上で、至近距離からの白兵戦を日本軍は挑む。双方の機関銃から鉄の雨が吹きつける中、米兵・日本兵の肉塊が次々と山積みとなっていく。手足は千切れ、顔や内臓が砕け散る。生きるか死ぬかは、もはや運次第。前田高地に送り込まれた兵隊たちは、米兵も日本兵もルーレットの上を転がり続ける球のようなものだった。一発で即死できた者は幸運だった。そんな狂気の生き地獄にいながら、デズモンドはあくまでも衛生兵としての職務をまっとうしようとする。
多大な犠牲を払って前田高地を制圧した米軍だったが、そこはまだ地獄のエントランスでしかなかった。夜が更け、デズモンドたちが浅い眠りに就いていると、アリの巣のように縦横無尽に張り巡らされた地下壕から日本兵が日本刀や手榴弾を手に肉弾戦を仕掛けてきた。堪らず米軍に撤退命令が下される。ところが、ここでまたデズモンドは軍の命令に背く。死体だらけの前田高地に独断で残り、米兵・日本兵を問わず、息のある負傷兵をロープに吊るして150メートルある崖下へと下ろす作業を一昼夜にわたって続ける。『アメイジング・スパイダーマン』(12)に主演したアンドリュー・ガーフィールドだけに、ロープさばきが実に鮮やかだ。
メル・ギブソンは監督作『パッション』(04)でゴルゴダの丘で処刑されたイエス・キリストの最期を描いたが、『ハクソー・リッジ』のデズモンドこそ現実世界に現われた救世主だった。アンドリュー・ガーフィールドは鎖国時代の日本を舞台にした『沈黙 サイレンス』(16)にも主演しているが、『沈黙』の神様が最後まで無言だったように、『ハクソー・リッジ』でもやはり神様は傷ついた者たちを決して救うことはしない。ただ、神の存在を根っから信じるひとりの人間が傷ついた人々を救うことになる。
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沖縄に上陸した米軍は前田高地(浦添市)で日本軍と激突。『プライベート・ライアン』(98)を上回る残酷描写が延々と続く。
米軍内で鼻つまみ者扱いされ続けたデズモンドは、75名もの負傷兵を救ったことから、良心的兵役拒否者として米軍史上初となる勲章を授与される。本作で描かれる沖縄戦はここまでだが、前田高地での戦いから投入された火炎放射器はその後の沖縄戦でも猛威を振るい、日本軍の言いつけを守ってガマ(鍾乳洞)に息を潜めて隠れていた沖縄市民をその炎で呑み込んでいく。また、デズモンドと同じように看護要員として動員されていた地元の女子校生たちによる「ひめゆり部隊」も命を散らすことになる。
飲酒してのトラブルや差別的発言が多いことから、大スターでありながらメル・ギブソンはハリウッドでは嫌われ者となっている。だが、戦場の狂気をここまでリアルに再現してみせる現役監督も、彼の他にはそうそういない。
(文=長野辰次)
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『ハクソー・リッジ』
監督/メル・ギブソン
出演/アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テリーサ・パーマー、ルーク・ブレイシー、ヒューゴ・ウィーヴィング、ヴィンス・ヴォーン
配給/キノフィルムズ PG12 6月24日(土)より全国ロードショー
(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
http://hacksawridge.jp
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