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現代的な印象の強いクリステン・スチュワートだが、ウディ・アレンの手によって1930年代の美女へと変身してみせた。
人が人を好きになるという気持ちは法律で縛ることはできないし、世間の常識というフェンスが遮っていれば逆にそのフェンスを乗り越えてみたくなる。好きになってしまったものは、もうどうしようもない。映画監督として60年以上(!)のキャリアを誇るウディ・アレンは、そんなアンモラルな恋愛模様をたびたび描いてきた。『マンハッタン』(79)ではダイアン・キートンとマリエル・ヘミングウェイ、『それでも恋するバルセロナ』(08)ではペネロペ・クルスとスカーレット・ヨハンソン……。タイプの異なる美女の狭間で、主人公はまるで永久機関のように反復運動を繰り返してきた。ウディ・アレンの分身役を同じユダヤ系であるジェシー・アイゼンバーグが務める『カフェ・ソサエティ』も2人の美女をめぐるトライアングル・ラブストーリーが奏でられる。
ウディ・アレン監督の初期の傑作コメディ『泥棒野郎』(69)がその後『カメレオンマン』(83)へと進化していったように、今回の『カフェ・ソサエティ』は世界中で大ヒットを記録した『ミッドナイト・イン・パリ』(11)の変奏曲のような内容だ。『ミッドナイト・イン・パリ』では主人公のギル(オーウェン・ウィルソン)は婚約者のイネス(レイチェル・マクアダムス)との結婚を控えていたが、旅先のパリで酔っぱらい、1920年代のモンパルナスへとタイムスリップ。スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイたちと酒を呑み交わしていたギルはピカソのモデル兼愛人のアドリアナ(マリオン・コティヤール)と出逢い、ひと目惚れしてしまう。現実世界の婚約者イネスか、憧れの時代である1920年代のアドリアナか、自分が選ぶべき相手はどちらかでギルは頭を抱えることになる。
今回の『カフェ・ソサエティ』はタイムスリップものではないが、やはり主人公は2つの世界で心を引き裂かれることになる。時代設定は1930年代のハリウッドとニューヨークだ。ニューヨークはブロンクス生まれの青年ボビー(ジェシー・アイゼンバーグ)は映画業界のエージェントをしている叔父フィル(スティーヴ・カレル)を頼って、ハリウッドへとやってきた。この時代のハリウッドは世界中から人気俳優や映画監督たちが集まったピッカピカの黄金時代。フィルは仕事に追われて相手をしてくれないが、代わりにボビーを連れて西海岸の名所を案内してくれたのはフィルの秘書ヴェロニカ、通称ヴォニー(クリステン・スチュワート)だった。利発でセンスのいいヴォニーにボビーはぞっこん。フィルのアシスタントとして働き始めたボビーは、ヴォニーへ果敢にアタックする。
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『ロスト・バケーション』(16)でサメと大格闘したブレイク・ライブラリーはバツイチのゴージャス美女に。
子犬のように純朴なボビーからの真っすぐな求愛に、ヴォニーもまんざらではない。「誕生日にはシャレた店へ行こう」と誘うボビーに、「あなたの部屋は? 高級料理は無理だけど、ミートボール・スパゲティーなら作るわ」と約束。こんな台詞を言われたら、男は誰しも夢中になるでしょ! ところがヴォニーは年上の既婚者との道ならぬ恋に身を焦がしていた。ボビーは傷心を抱えて、夢の都ハリウッドを去ることになる。
舞台はハリウッドから東海岸のニューヨークへ。禁酒法が廃止されたニューヨークでは新しくできたレストランや気の利いたバーに人気ミュージシャンやセレブたちが集まる“カフェ・ソサエティ”カルチャーの真っ盛り。裏社会を牛耳る兄ベン(コリー・ストール)が経営するナイトクラブでボビーは働き始め、これが大成功。気配り上手なボビーは有能なマネージャーだった。クラブを切り盛りするボビーは、お客のひとりだった金髪のゴージャス美女ヴェロニカ(ブレイク・ライブラリー)とラブラブに。ヴェロニカと結婚し、公私ともに順風満帆なボビー。だが、そんな自信満々なボビーの前に現われたのが、かつて彼が夢中になったもう一人のヴェロニカ、ヴォニーだった。不倫相手と結婚したヴォニーは以前よりも、ますます美しくなっていた。2人のヴェロニカの前で、ボビーの心は激しく揺さぶられる。
ストーリー自体はチープなメロドラマである『カフェ・ソサエティ』。ウディ・アレンの脚本&監督でなければ、即シュレッダー送りとなっていた代物だろう。失恋からようやく立ち直った主人公が、自分を棄てた相手と再会してしまうというありふれた筋書きだ。ところが恋多き映画監督ウディ・アレンの手に掛かれば、2人のヴェロニカは正反対の魅力を持つ、甲乙つけがたい両極の女神として眩しい輝きを放ち始める。『ミッドナイト・イン・パリ』では1920年代と現代という2つの時代のそれぞれの美女の狭間で主人公は悩んだ。過去と現代を別の言葉に言い換えれば、それはロマンスと現実である。1930年代を舞台にした『カフェ・ソサエティ』では、青春期を過ごしたハリウッドと成功を手に入れた現代のニューヨークという2つの世界でボビーは悶え苦しむことになる。夢と現実、2つの果実の前でウディ・アレンのアパターたちはいつも悩み続ける。
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『エージェント・ウルトラ』(15)でも恋人役を演じたジェシー・アイゼンバーグとクリステン。NYで再会した2人の恋心が再燃。
ボビーは自分と結婚して、子育てに勤しむ妻ヴェロニカのことが嫌いになったわけではない。でも、妻や子どもを大切に扱えば扱うほど、青春期に出逢ったヴォニーのことが忘れられなくなってしまう。また、片想いで終わったヴォニーのことを心の中で想えば想うほど、自分の傍にいてくれるヴェロニカが愛おしく感じられてくる。『ミッドナイト・イン・パリ』は異なる時代の美女たちに振り回される男の喜劇だが、『カフェ・ソサエティ』は同じ時代を生きる2人のヴェロニカを愛してしまった男の悲劇だ。
結局、恋も青春もすべてが終わってしまったときに、初めてその価値が分かる。ボビーは自分の青春がすでに終わったことを痛感すると同時に、自分が本当に愛した女性は誰だったかを悟ることになる。81歳となるウディ・アレンが描くラブロマンスの閉幕は、とてもほろ苦く、そしてメレンゲ菓子のように甘くて切ない。
(文=長野辰次)
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『カフェ・ソサエティ』
監督・脚本/ウディ・アレン 撮影/ヴィットリオ・ストラーロ
出演/ジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、ブレイク・ライブラリー、スティーヴ・カレル、パーカー・ポージー
配給/ロングライド 5月5日(金)よりTOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
http://movie-cafesociety.com
(c)2016 GRAVIER PRODUCTIONS,INC
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