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ドキュメンタリー映画『標的の島 風かたか』。自衛隊が配備されることになった宮古・石垣の現状を伝える。
沖縄の基地問題をめぐって紛糾が続いている。中国と日本は戦争をすることが既定路線になっているかのようだ。風雲急を告げる沖縄を拠点に、三上智恵監督は地元民の視点からドキュメンタリー映画を撮り続けている。琉球朝日放送在籍時に製作した『標的の村』(12)は沖縄本島北部のやんばるの森でベトナム戦争時に米軍が訓練の一環として化学兵器を使用していた事実をスクープし、大反響を呼んだ。フリーとなって製作した第2弾『戦場ぬ止み』(15)では辺野古で座り込みを続ける文子おばぁたちの素顔をクローズアップし、大戦中に沖縄の人たちが味わった悲惨な記憶を現代に呼び起こした。そして第3弾となる『標的の島 風かたか』では、自衛隊によるミサイル配備が進む宮古・石垣島の切迫した状況を伝えている。元テレビ局のアナウンサーらしく、沖縄の一見すると難しそうな問題もわかりやすく紐解いてくれるのも三上監督のドキュメンタリー映画の特徴だろう。
『標的の島 風かたか』の“風(かじ)かたか”とは沖縄の言葉で風よけ・防波堤のことを意味している。本作では“3つの防波堤”が描かれる。太平洋戦争末期、沖縄では米軍との唯一の地上戦が繰り広げられ、沖縄の人たちが血を流して倒れていく間に、日本の閣僚たちは和平工作を図った。沖縄を米軍に対する防波堤にすることで、日本の本土は終戦を迎えた。日本と中国がまた戦火を交えることになれば、再び沖縄が防波堤の役目を負うことになる。これが、第1の防波堤だ。
本作を観る上で重要なキーワードとなるのが、「エアシーバトル構想」という米軍の軍事戦略。日本は中国と戦争になれば沖縄が防波堤になると思っているが、日米安全保障条約の同盟国である米国はそうは考えていない。米軍の「エアシーバトル構想」は沖縄だけでなく、日本列島も含めて防波堤にすることで中国を軍事的に封じ込めることを狙っている。日本の本土で暮らしている人々は中国と戦争が始まっても南西諸島一帯での局地戦で済むと高を括っているが、米国は日本全体が防波堤となることを前提として極東戦略を構築している。日本そのものが第2の防波堤である。石垣島と宮古島ではミサイル基地と自衛隊の配備が着々と進められているが、島を軍事要塞化することによって、敵国の標的となることは明らか。石垣や宮古で暮らす人々の逃げ場はどこにもない。
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沖縄の島々ではお祭りが盛んに行なわれ、先祖代々から伝わる精神文化が芸事と共に若い世代へと継承されていく。
宮古島には地対艦ミサイル部隊など800人規模の自衛隊基地の建設が計画されているが、当初の予定地のひとつは島の水源地の真上だった。2016年3月、宮古・石垣の代表団が沖縄選出の5名の国会議員たちと共に、自衛隊配備の撤回を求める署名を持って東京の防衛省を訪ねた。防衛省のこのときの対応のいい加減さを、三上監督が回すカメラが映し出す。対応に当たったのは防衛省整備局防衛計画課のまだ若い班長だった。「宮古は地下水で生きている島だとご存知でしたか?」という代表団の問い掛けに対して、この班長はのらりくらりと受け答えし、やり過ごそうとする。「少なくとも基礎調査はしているので……」。では基礎調査しているのなら、なぜ島の水源地の真上に基地を設ける計画案が浮かび上がったのか。防衛省は島で暮らす人々の生活は配慮していなかったということではないか。しかも沖縄の離島から5人の国会議員を伴って上京してきたのに、まともな受け答えができない班長クラスを出してきたところにも防衛省の沖縄軽視がうかがえる。それまでやりとりを黙って見守っていた照屋寛徳衆議院議員の怒りが爆発する。「あんたはまったく誠意がない。去る大戦で軍隊は住民の命を守らなかった。軍隊は軍隊しか守らない。これが沖縄戦の実相であり、教訓なんだよ」。
東京生まれの三上監督は成城大学で民俗学を学び、沖縄の民俗芸能や伝統行事に惹かれ、関西の毎日放送から開局したばかりの琉球朝日放送に転職した人。辺野古への基地移転、高江のヘリパット建設、そして宮古・石垣で進む自衛隊配備の抜き差しならない現状を伝える一方、それぞれの土地で先祖代々から受け継がれてきたお祭りや芸事を映し出す目線はとても優しい。石垣島で暮らす山里節子さんは、喜びと哀しみを即興で歌い上げる民謡「トゥバラーマ」の今や数少ない唄者だ。「私たちの島は物や金はないけど、歌や踊りで心を満たしながら、心を洗いながら生き抜いてきた」と語る節子さん。反戦の想いを込めて歌う「トゥバラーマ」が胸に響く。
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沖縄本島では辺野古・高江で米軍基地建設をめぐり、機動隊や警察と地元住人側との間で激しい攻防が繰り広げられている。
「本当は宮古のパーントゥや石垣のアンガマといった昔から島に伝わる伝統文化を中心にしたドキュメンタリーにしたかったんですが、やはり辺野古や高江の問題も放っておけませんし、軍事評論家によるエアシーバトル構想の解説もあり、かなり雑多な内容になったかもしれません。山里節子さんは石垣では有名な方で、節子さんの言葉と歌はとても印象的ですよね。宮古や石垣は目には見えない精神文化が先祖代々受け継がれてきている土地なんです。かつては沖縄本島も日本本土そうだったはず。沖縄の島々では“弥勒世果報(みるくゆがふ)”という言葉が祭りの場などでよく使われます。今はつらい世の中でも、神の力を借りていつか豊かな世の中になるよね。あなたと私は今は対立しているけど、いつかみんなで幸せに暮らせる時代になるよね、という意味合いで使われているものなんです」(三上監督)
先祖が代々汗を流し、体を張って守ってきた土地に感謝し、自分の子や孫たち子孫にもきちんと残し伝えていきたい。それゆえ島で暮らす人たちの多くは、島を軍事要塞化し、戦争を呼び寄せる事態に異議を唱える。弥勒世果報が訪れることを祈り、一人ひとりがそれぞれ小さな防波堤となれば、戦火を煽る状況を防ぐこともできるはず。第3の防波堤は映画を観ている自分自身であることを本作は気づかせてくれる。
(文=長野辰次)
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『標的の島 風かたか』
監督・ナレーション/三上智恵 プロデューサー/橋本佳子、木下繁貴
撮影監督/平田守 音楽プロデューサー/上地正昭
配給/東風 3月11日より沖縄・桜坂劇場 3月25日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
http://hyotekinoshima.com
(c)「標的の島 風かたか」製作委員会
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