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幸福そうな一家を崩壊に追い込む八坂の正体は? 家族への幻想を砕く浅野忠信主演作『淵に立つ』

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深田晃士監督のオリジナル作品『淵に立つ』。家族はお互いに支え合うもの、という幻想を粉々に打ち砕くシリアスドラマだ。
 カンヌ映画祭「ある視点」部門 審査員賞を受賞した浅野忠信主演作『淵に立つ』を観て、古いSF映画を思い出した。子どもの頃にテレビ放映され、とても印象に残っていた作品だ。そのSF映画のタイトルは『禁断の惑星』(56)といい、今なおカルト的な人気が高い。『禁断の惑星』には人気キャラクターであるロボットのロビーの他に、“イドの怪物”という姿の見えないモンスターも登場する。太陽系外の惑星アルテアにやってきた宇宙船アンドロメダ号は、このイドの怪物によって次々と犠牲者を出すことになる。スクリーン上で不気味な存在感を放つ浅野忠信を見て、子どもの頃に脳裏に刻まれたイドの怪物の恐怖が甦った。  断っておくが、深田晃士監督のオリジナル脚本作『淵に立つ』はSF映画ではない。ごくフツーの家族がひとりの闖入者を迎え入れたことで、暗渠のように普段は隠されている家族間の闇を否応なく覗き込んでしまう物語だ。舞台は郊外にある小さな金属加工工場。この工場を営む鈴岡家は、家業を継いだ口数の少ない利雄(古舘寛治)、その妻で敬虔なクリスチャンである章江(筒井真理子)、10歳になる娘の螢(篠川桃音)の3人。そこへ、ひとりの中年男性・八坂(浅野忠信)がふらりと現われる。八坂の過去を知る利雄は、章江たちに相談することなく住み込みで八坂に働いてもらうことを決める。常にアルカイックスマイルを浮かべる八坂には、周囲の人間を不安にさせる得体の知れなさがあった。  突然現われた居候との共同生活に、最初は章江も螢も戸惑いを覚える。だが、八坂はひどく礼儀正しく、几帳面な性格だった。螢のピアノの練習にも喜んで協力するため、螢が真っ先に八坂に懐く。やがて、八坂の過去が分かってくる。八坂は若い頃につまらない理由で殺人を犯しており、長い刑務所暮らしを経験していた。クリスチャンである章江は同情し、一緒に教会に通うようになった八坂に心を許し始める。休日のピクニック、鈴岡家と八坂は川のほとりで一枚の記念写真に収まる。それは血縁や地縁にかかわらない、新しい理想の家族像として微笑ましく映った。  物語の後半、八坂はぷっつりと姿を消してしまう。八坂を温かく迎え入れていた鈴岡家に、修復が不可能なほどの大きな痛手を残して。痩身だった章江はすっかりメタボ体型となり、ちょっと物に触れただけで過剰に手を洗う強迫性障害となっていた。逆に利雄は口数が多くなり、ムリに明るく努めている。そして、ピアノの演奏会を控えていた螢は、八坂がいなくなった日からほとんど部屋から出てこなくなってしまった。不在のはずの八坂が、ずっと鈴岡家を苦しめ続けている。利雄は「俺たちはようやく家族になったんだ」とこの状況を懸命に受け入れようとする。一見すると平穏そうだった鈴岡家をズタズタにしてしまった八坂とは、一体何者だったのか?
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鈴岡家に住み込むで雇われた八坂(浅野忠信)。いつも白いシャツを着た八坂は、ご飯を食べるのが尋常ではなく速かった。
 八坂を見て思い出したイドの怪物だが、どんな武器も歯が立たない不死身の怪物の正体は人間が持つ潜在意識だった。禁断の惑星アルテアにはかつて人類よりも遥かに進んだ先住民族が栄えていたが、文明が洗練されすぎた結果、押し隠していた潜在意識がコントロールできないほどの巨大なモンスターとなり、文明を滅ぼしてしまった。そのイドの怪物が今度はアンドロメダ号の船員たちに襲い掛かる。八坂もまた鈴岡家の潜在意識を読み取ってしまう。ひとりで長い刑期を終えた八坂に対して、利雄は深い罪の意識を抱いている。妻の章江は八坂のことを受け入れるのと同時に、男性的な興味も感じるようになっていた。八坂は鈴岡家の人々が心の中で密かに思っていることを、善悪の区別なしにそのまま具現化してしまう。八坂とイドの怪物はとてもよく似ている。  八坂が姿を消して8年の歳月が流れ、ひとりの若者・山上孝司(太賀)が利雄の工場で働き始める。山上は屈託のない好青年で、彼が新しく鈴岡家に加わったことで、一家は調和を取り戻すのではないかと観客は期待を寄せる。純朴そうなこの若者が、家族再生のためのキーパーソンになるに違いないと。ところが山上の身の上を知ったことで、鈴岡家はより過酷な運命を辿ることになる。家族や血の繋がりといったものに対する甘い幻想を、深田監督は八坂と共に容赦なく剥ぎ取っていく。  1980年生まれの深田監督のシビアな家族観がとても興味深い。劇場用パンフレットに掲載されたオフィシャルインタビューで、このように語っている。
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八坂が消えた鈴岡家で働くことになった山上(太賀)。八坂と同じように、彼もまた鈴岡家の人々とドライブへ出掛けるが……。
深田「家族制度に対する不信感は子どもの頃からあります。映画やテレビを観ていても、理想の家族像を描くことで、ある種の感動を呼ぶ作品に違和感を抱くことが多かった。いわゆる家族ドラマとは違うジャンルの作品、例えばハリウッドのアクション映画などでも、バラバラだった夫婦や家族が困難を克服することで絆を取り戻す話は多い。ある理想の家族像をフィクションが拡散することは、それ自体が多様な家族像への抑圧ではないかと思っていたし、作り手の多くがそれに無自覚であることには怒りさえ感じていた」  深田監督の言葉に従えば、映画やドラマ製作者たちの無自覚な意識が予定調和的な多くの虚像を繰り返し生み出し、人々を苦しめ続けているということになる。まさにイドの怪物ではないか。気になる『淵に立つ』というタイトルだが、これは深田監督が演出部として所属している劇団「青年団」を主宰する平田オリザの「人間を描くということは、崖の淵に立って暗闇を覗き込むような行為」という言葉から思いついたものだそうだ。意を決して崖の淵から闇を覗き込むと、冷たい目をした八坂が黙ってこちらを見つめ返してくる。八坂はやはりイドの怪物なのだろうか、それとも温かい家族という幻想をきれいに食べ尽くしてくれる獏のような存在なのだろうか。くれぐれも気をつけて、淵の下を覗いてみてほしい。 (文=長野辰次)
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『淵に立つ』 監督・脚本・編集/深田晃士 出演/浅野忠信、筒井真理子、古舘寛治、太賀、三浦貴大、篠川桃音、真広佳奈  配給/エレファントハウス、カルチャヴィル  10月8日(土)より有楽町スバル座ほか全国ロードショー (c)2016「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS  http://fuchi-movie.com

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