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花沢健吾原作の本格的ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』。現代社会に馴染めなかった漫画家の鈴木英雄(大泉洋)は戦いの中で覚醒していくことに。
行くところまで行きついた社会格差は革命を引き起こし、資本主義経済はやがて共産主義経済へと移行する。19世紀の経済学者カール・マルクスが提唱した“史的唯物観”だが、現状の資本主義体制が解体するのはもうしばらく先で、ひと握りの資本家への富の集中が当分は続きそうだ。いつまで待っても起きない社会革命の代わりに、若者たちの間でもてはやされているのが“ゾンビもの”と呼ばれるジャンルである。高度に発展した資本主義社会はゾンビ化した群衆たちの暴動によって破壊され、経済格差のないゾンビ社会へと向かっていく。現代社会に生きづらさを感じている若者たちを魅了する、崩壊のカタルシスがゾンビ映画には隠されている。
花沢健吾原作コミックの実写映画化『アイアムアヒーロー』では新型ウィルスに感染して凶暴化した人々のことをゾンビではなく、ZQNと呼んでいる。DQNに字面のよく似たZQNは、格差社会に何の疑問を感じずに日常生活を繰り返してきた社畜系労働者たちの成れの果てだと言えるだろう。ZQN化してからも生前の習性から日常的行動パターンを意味もなく続けようとする。そんなZQNに噛まれた人間もまたZQN化してしまう。たちまち街にはZQNが溢れ返り、世界中がパニック状態に陥るが、逆にそれまでの社会に疎外感を覚え、集団行動が苦手だった人たちはZQN化することを免れる。社交性のあまりない、売れない漫画家の鈴木英雄(大泉洋)もZQN化を逃れたひとりだった。
『アイアムアヒーロー』を実写映画化したのは、『GANTZ』『GANTZ PERFECT ANSWER』(11)の佐藤信介監督。『GANTZ』でも日常世界が非日常空間へと変わっていく不気味さを巧みに描いた佐藤監督だけに、『アイアムアヒーロー』も鈴木英雄の視線で世界が崩壊していく様子を鮮やかに映像化してみせる。恋人のてっこ(片瀬那奈)と暮らしていたアパートを辛うじて逃げ出した英雄は、郊外へと逃げる途中で女子高生の比呂美(有村架純)や看護士の薮(長澤まさみ)らと出会う。売れない漫画家として冴えない人生を送っていた英雄は、警察や自衛隊が機能しなくなった無政府状態の新しい社会で本当の英雄=ヒーローへと変貌を遂げることに。クライマックスとなるアウトレットモールでのZQNたちとの攻防は韓国ロケを敢行し、R15指定ギリギリの迫力あるアクションサバイバル映画に仕上がっている。
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『アイアムアヒーロー』の鍵を握る女子高生の比呂美(有村架純)と看護士の薮(長澤まさみ)。アウトレットモールから無事に生還できるか。
ゾンビものとは異なるが、ヴァンパイアをモチーフにして完全に二極化した近未来社会を描いたのが入江悠監督の『太陽』だ。劇団イキウメを主宰する前川知大の同名舞台を原作にした『太陽』は、高い知能を持った新人類ノクスと貧しい生活を続ける旧人類キュリオとに人類が二分化された世界の物語となっている。感染症によって生まれ変わった新人類ノクスは太陽光線を浴びることはできないが、明晰な頭脳といつまでも若々しい肉体を保ち、洗練された都市生活を送っている。一方、旧人類のキュリオは太陽の下でも暮らすことができるが、旧態依然とした寒村での生活を強いられていた。キュリオの小さな集落で生まれ育った鉄彦(神木隆之介)と幼なじみの結(門脇麦)は20歳になり、ノクスへの転換手術を受けるチャンスが巡ってきた。ノクスになれるのは集落からひとりだけ。故郷を棄ててノクスになることに憧れる鉄彦、自分が育った土地や家族にこだわってキュリオであり続けようとする結たちの葛藤が、往年のATG映画を思わせる人間ドラマとして描かれる。
ゾンビとヴァンパイアはどちらもホラー界のクリーチャーだが、ゾンビが下流社会、労働者階級出身のカラーが強いのに対し、ドラキュラ伯爵の血筋を引くヴァンパイアはどこか育ちのよさやインテリ性を感じさせる。『太陽』ではヴァンパイア=ノクスになることが一種のステータスとなっているが、ただしノクスに一度なるともうキュリオに戻ることはできない。二者択一の選択を大人になる一歩手前の鉄彦や結は迫られることになる。
佐藤監督が『GANTZ』や『図書館戦争』(13)に続いて『アイアムアヒーロー』でも日常と非日常との間で揺れ動く主人公たちを描いたように、『太陽』の入江監督も自分自身の命題に向き合っている。入江監督の代表作といえば、埼玉在住のラッパーたちの悲哀を描いた『SR/サイタマノラッパー』(09)だ。『SR』の主人公たちはライブハウスもCDショップもない地元の寂れた街に残って音楽活動を続けるか、東京に上京して派手にひと旗揚げるかの選択を迫られる。サイタマからTOKYOまでの距離が、『SR』の主人公たちには途轍もなく遠く感じられる。『SR』三部作で若者たちの熱烈な支持を得た入江監督は、インディーズドリームの体現者としてメジャーシーンでの映画づくりに挑むことになった。かつては地元か東京かという二者択一の問題が入江作品の重大なテーマだったが、松竹配給作『日々ロック』(14)以降はメジャーとインディーズとの狭間に立ち、どう自分らしさを作品の中で発揮するかがテーマとなっている。
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神木隆之介&門脇麦主演作『太陽』。蜷川幸雄演出の舞台『太陽2068』で綾野剛と前田敦子が演じた役に2人は挑んでいる。
今回の『太陽』ではノクスかキュリオかという選択を強いられ、主人公たちは大いに悩む。キュリオとしてのこだわりを棄ててノクスになることは、自分自身のアイデンティティーを全否定することに繋がるのではないか。自分の魂を売り渡すことになるのではないかという罪悪感や恐怖感が付きまとう。ノクスとして居心地のよい生活が約束されていても、その中に溶け込んでいった自分はもはや自分ではないのではないか。ノクスになれば瞬時に忘れ去るだろうちっぽけだけど大きな悩みが、断末魔の叫びを上げる。
『アイアムアヒーロー』の世界では、生き残った人間よりもゾンビ化してしまった人たちのほうが、貧困や人間関係や社会格差にも悩まずに済み、苦しみから解放されることになる。『太陽』では新人類ノクスの仲間になることで、上流社会での快適極まりない生活が待っている。でも果たしてそれが自分にとっての本当の幸せなのか。そもそも自分とは一体何者なのか。自分にいちばん適した世界はどこにあるのか。そして、自分は世界とどう関わり合うのか。日本で生まれた2つのSF作品『アイアムアヒーロー』と『太陽』は、アイデンティティーに関わる深遠な問題を観る者に投げ掛けてくる。
(文=長野辰次)
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『アイアムアヒーロー』
原作/花沢健吾 脚本/野木亜紀子 監督/佐藤信介
出演/大泉洋、有村架純、吉沢悠、岡田義徳、片瀬那奈、片桐仁、マキタスポーツ、塚地武雅、徳井優、長澤まさみ 配給/東宝 R15+ 4月23日(土)より全国ロードショー
(c)2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会 (c)2009 花沢健吾/小学館
http://www.iamahero-movie.com
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『太陽』
原作/前川知大 脚本/入江悠、前川知大 監督/入江悠
出演/神木隆之介、門脇麦、古川雄輝、水田航生、村上淳、中村優子、高橋和也、森口瑤子、綾田俊樹、鶴見辰吾、古舘寛治
配給/KADOKAWA 4月23日(土)より角川シネマ新宿ほか全国ロードショー
(c)2015「太陽」製作委員会
http://eiga-taiyo.jp
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