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目がチカチカする
ソウルに隣接する港町であり、韓国ネットユーザーには「魔界」と称されるディープタウン・仁川(インチョン)。日本統治時代の建物が残る商店街を歩いていると、思わず二度見してしまう、ド派手な一軒家のカフェ(?)が登場する。
建物を丸ごと覆う、草間彌生的な怒涛のドット絵。私の目をチカチカさせるものは一体なんだろうと思い近寄ってみると、ビールやジュースの瓶のフタであった。この物量、そしてフタを集め張り付けるのにかかったであろう労力を想像すると、めまいがするばかりだ。
このお店の存在は以前から知っていたのだが、訪れるたびに営業しておらず、外から眺めるばかりだった。しかし今回の珍スポ探訪にあたり、恐る恐るアポの電話を入れてみると、落ち着いた声の女性オーナーが対応。「写真は撮ってもいいけど、店をやめようとしているところなので、インタビューには答えられませんよ」とおっしゃる。それはもったいない! 焦る気持ちで、翌日さっそく訪れた。
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放たれる異彩
「ポヤ」の営業時間は夜7時から12時までと短い。夜のお店のようで、だからこれまで訪問できなかったわけだ。ひとまず明るい時間に訪れ、外観を撮影する。
あらためて観察すると、芸の細かさには心打たれるばかり。フタは基本的に着色などせず、もともとのデザインをそのまま使用。つまり同じ色を出したい部分は、同じ商品のフタだけを使うという寸法だ。とはいえ、屋外に鉄製の王冠を張り付けたら、すぐに錆びてしまう。その場合のみ上から塗装しているようだが、ある部分はフタを新しく貼りかえている。これは、ものすごい手間のかけようだ。
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同じ商品のフタを使用。野外だから当然、すぐ錆びる
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花壇にも土の代わりに王冠を
夜7時、ポヤを訪問。ドアを開けたその先には、外観以上に圧倒的な空間が広がっていた。壁から天井、バーカウンターまで、目に見えるものすべてをフタが覆い尽くす!
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視界にある床と机以外の平面すべてにフタ
このアートの作者である、どこかマダムっぽい雰囲気の女性オーナーが私を迎えてくれた。案内されるまま、狭い階段を上って2階席へ。もちろん、こちらも執拗なほどフタフタフタだ。
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アラベスクのような模様や、ざっくりとした図案の人物画が四方を覆う
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天井までぎっしり。もはや、フタ本来の用途が思い出せない
オーナーの心の中に閉じ込められたような、落ち着くような落ち着かないような超現実的な空気の中、ソファに座る。1階ではオーナーの友達とおぼしき男性客が談笑しているが、ここ2階には私以外に誰もおらず、音楽も流れない。ビールと乾きものを注文して(なおメニュー表はなく、選べるのはお茶とお酒と乾物のみ)ひとりで一杯やっていると、マダムが向かいの席に座り、私のビールを飲みながらしっぽり語ってくれた。
この店に使われたフタは、なんと30万個! 幕張メッセに20万人を呼んだGLAYの集客力と比較しても、どれくらいすごいかよくわかるだろう。フタは周辺の飲食店から集められ、店の隅々には袋詰めの王冠が山のように積まれている。
お店は16年前の2000年にオープンし、営業の合間、マダムひとりで少しずつ王冠アートを制作。それでいつ完成したんですかと聞くと、「そうね、12年かかったわ」とおっしゃる。12年! もう無茶苦茶である。ちなみにお店をするまで、絵を描いたことはなかったという。
多い日は1日5時間も貼り付け作業を行ったそう。何より接着剤を大量に使うので、目が痛くて大変だったとか。それって、営業に支障は支障を来たさなかったのだろうか?
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下書きは書かず、インスピレーションをもとにフタを張り付けていく。まさに魂のアート
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ちなみにこの家ももともと日本式の建物で、オーナーが来た時は2階に畳が並んでいたそう
最近は寒くてなかなか外観のフタの補修ができないことを、しきりに申し訳なく話すマダム。今後はお店を畳み、しばらく休む予定だが、次にここでお店をやる人が現れるまで、ポヤの営業を続けるという。マダムの意思を継ぐ新しいオーナーが現れ、この王冠アートを守り続けてくれれば……と切に願う一方で、いや、これからもフタ集めと貼り替えを続けるなんて、普通の人には不可能だとも思う。これはもう、韓国政府が国費で維持すべき文化遺産レベルの作品である。
マダムの今後の人生設計についてたっぷりお話を伺った後、店を出た。ソウルに戻る地下鉄に乗りながら、仁川が魔界といわれるゆえんがちょっとだけわかった気がした。
●カフェ ポヤ
住所 仁川市中区中央洞3街1-8
(文・写真==清水2000)