お正月のスペシャルドラマの出演者に「マツコロイド」の名前があれば、普通は「あ、軽い感じのドラマかな」と思うだろう。マツコロイドとは『マツコとマツコ』(日本テレビ系)などに登場していたマツコ・デラックスそっくりのアンドロイド。ドラマの“出演者”としては、間違いなく“イロモノ”だろう。 だが、木皿泉・脚本のドラマなら、話は別だ。なぜなら、木皿はこれまでも、人ならざるものをモチーフにして、“人間”を描いてきた作家だからだ。 マツコロイドが出演した『富士ファミリー』(NHK総合)は、目の前に富士山がそびえ立つ古びたコンビニ「富士ファミリー」を舞台にした“ホームドラマ”だ。ホームドラマといっても、そこに住む“家族”は、血のつながりのない者ばかり。 小国家の美人三姉妹の長女・鷹子(薬師丸ひろ子)と、死んだ三姉妹の次女・ナスミ(小泉今日子)の夫である日出男(吉岡秀隆)、その三姉妹の父親の妹である笑子バアさん(片桐はいり)、そして、住み込みでアルバイトをすることになった“訳あり”のカスミ(中村ゆりか)の4人。そこに時折、三女の月美(ミムラ)も嫁ぎ先から訪れる。 「富士山よ、お前に頭を下げない女がここに立っている」と宣言する笑子バアさんを老けメイクでユーモラスに演じているのは、片桐はいりだ。そんな姿を見ると、同じようにホームドラマで老婆を演じたかつての樹木希林を想起してしまうように、『富士ファミリー』は昭和のホームドラマを彷彿とさせる。 ある時、笑子にナスミの幽霊が見えるようになるところから物語は始まる。笑子はナスミに頼まれて、彼女のコートのポケットの中から一片のメモを見つけるのだ。そこには「ストロー」「光太郎」「四つ葉のクローバー」「懐中電灯」「ケーキ」という、意味不明の単語が書かれている。5人はそれぞれメモの断片をもらい、その単語が物語を推し進めていく。 ファンタジックな登場人物は、マツコロイドや幽霊にとどまらない。ある時、月美は「吸血鬼」を名乗る青年・洋平(細田善彦)に出会う。彼は、月美に「一緒に旅しませんか?」と迫る。「エベレストの麓のホテルなら、昨日のことをくよくよ考えたり、明日のことを心配せずに済む」と。だが、月美は「富士山の目の前に住んでいても、悩みはある」と断る。「手放したくないものがある」というのだ。 それは、例えば「お風呂から上がった子どもが逃げるのをつかまえて、バスタオルでくるむこと」や、「パパの中指。昔、バスケットをやって突き指して、まっすぐにならなくなっちゃった指」「パパの定期入れにずっと入ってた、小さく小さく折りたたんだレシート。私と初めて行ったファミレスのレシート」といった“日常”だ。木皿泉作品には、そんな日常の機微がたくさん詰まっている。 『富士ファミリー』では、これまでの木皿泉作品のモチーフが踏襲されている。特に「血のつながらない共同体」を描いた『すいか』(2003年、日本テレビ系)を強く思わせる。 「私が代わりにここにいてあげる。だから、お前はどんどん転がるように変わっていけ」と鷹子から言われて上京したナスミを演じる小泉今日子。彼女は『すいか』では、勤め先の信用金庫から3億円を横領して逃亡していた馬場万里子役を演じた。 それぞれが人生の岐路に立つ中、笑子は自分の存在がそれを妨げてしまっているのではないか、自分は彼女たちの迷惑になってしまっているだけではないかと悩み、家を出ようと考える。そんな時に出会うのが、マツコロイドだ。 配送中に車から落ちてしまったというマツコロイドは、自分は「介護ロボット」だと言う。「介護するロボット」ではなく「介護されるロボット」、つまり「人に迷惑をかけるためだけに作られたロボット」だと言うのだ。なぜそんなものが作られたのか、意味がわからない。だが、マツコロイドは言う。 「意味があろうがなかろうが、すでに私たちはここにいる。そのことのほうが、重要なんじゃないかしら」 気恥ずかしいセリフでも、マツコロイドが機械的に発すると、その“真理”が素直に響いてくる。 『すいか』で、地味に働くだけの日常にふと疑問を持ち始めた主人公・早川基子(小林聡美)が「私みたいな者も、いていいんでしょうか」と漏らした問いに、アネゴ肌の大学教授(浅丘ルリ子)がハッキリと言うシーンがある。「いて、よし!」と。 『富士ファミリー』でも、笑子がマツコロイドに「私、ここにいていいのかね?」と問いかける。 すると、マツコロイドは言うのだ。 「ていうか、もういるし」 その肯定感は時を超え、その分、更新されていっている。エベレストの目の前だろうが、富士山の麓に住んでいようが、人は悩みながら生きている。だけど、富士山のような絶対的な存在があるからこそ、それが心の支えになり、生きやすくもなる。思えば、『富士ファミリー』で木皿泉によって描かれる肯定感は、「富士山」そのものだ。富士山がそうであるように、僕らの日常の中の悩みを「いて、よし!」「ていうか、もういるし」と、優しく受け止めてくれる。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからNHK新春スペシャルドラマ『富士ファミリー』公式サイトより
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マツコロイドが真理を語る、NHK新春ドラマ『富士ファミリー』の肯定感
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