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尊厳死、安楽死をテーマにした『ハッピーエンドの選び方』。尊厳死が認められている国はスイス、オランダ、ベルギー、米国の一部の州などまだ少ない。
人間の一生は長い長い、ひと幕ものの即興劇だ。喜劇にしろ悲劇にしろ、多くの共演者やスタッフに支えられることで充実した舞台となる。千秋楽を迎えた主演俳優なら誰しも思うだろう。できれば共演者やスタッフにさりげなく感謝の意を示し、自分にふさわしい幕引きにしたいと。イスラエル映画『ハッピーエンドの選び方』は人生のフィナーレを病院の決まり事や法律に縛られることなく、自分たち自身の手で決めることを願うおじいちゃんおばあちゃんたちの奮闘を描いたもの。尊厳死や安楽死という身体がピンピンしている間は考えることが少ない題材に、ユーモアを交えてマジメに向き合った作品となっている。
主人公はイスラエルの首都エルサレムにある老人ホームで暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ)。発明好きで、神さまとお話ができる電話(ボイスチェンジャー機能付きの電話)や一週間分の薬を定時ごとに差し出してくれる自動機械など、人の役に立つのかビミョーなものばかり作っている。愛妻レバーナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)も同じ施設で暮らしており、娘もかわいい孫を連れてよく会いに来てくれる。幸せなシニアライフを送っていた。いつもは夫ヨヘスケルの発明に寛容なレバーナだったが、どうしても許せない発明品を夫は作ってしまう。それは自動安楽死装置だった。病院で寝たきり状態で苦しんでいる親友のために作ったもので、本人がスイッチを押せば点滴に麻酔薬が流れ、眠りに就くようにあの世に旅立てるというものだった。
親友夫婦から懇願され、一回きりの使用で終わるはずの安楽死装置だったが、老人たちの間に瞬く間に評判は広まり、ヨヘスケルは頭を抱えることになる。
愛する人をこれ以上苦しませたくない、家族が介護で疲れ果てるのを見るのが耐え難い……。それぞれに切実な事情があり、ヨケスケルは無下に断ることができない。一方、安楽死に反対していたレバーナは認知症の傾向が現われ、日によってヨヘスケルの顔が分からなくなっていく。「この施設では対処できない」と老人ホームからの退去を迫られることに。ヨヘスケルとレバーナ、そして老人ホームで暮らす仲間たちは、自分らにとってのいちばんのハッピーエンドは何かを考えることになる。
尊厳死、安楽死という超シリアスなテーマをコメディとして描いたのは、イスラエル在住のシャロン・マイモン&タル・グラニットという男女2人組の監督ユニット。シャロン監督から持ち掛けられた企画にタル監督が賛同し、共同脚本&監督作として完成させた。シャロン監督は1973年生まれ、タル監督は1969年生まれと、人生のエンディングを考えるにはまだ早い年齢だが……。
シャロン「僕の体験が企画のきっかけになったんだ。以前交際していたボーイフレンドのおばあちゃんがガンを患って80歳で息を引き取ったとき、僕もその場に立ち会っていたんだ。おばあちゃんはようやく苦しみから解放され、安らかな眠りに就けるんだなと思っていたら、心臓が止まってからも30分間ずっと延命処置が続いた。その光景がとても不条理なものに感じられたんだよ。そのことがきっかけで、自分の人生の終わり方は自分で決められるようにしたらどうだろうと、この映画のアイデアを思い付いたんだ」
タル「シャロンからアイデアを聞いて、興味深いテーマだと思ったわ。私も親しい存在を失った経験があったから。私の場合は、かわいがっていた犬なんです。家族同様に世話をしていた犬が二匹いたんですが、どうしても安楽死させなくちゃいけない状況になってしまって。私のこれまでの人生でいちばん辛かった体験。それもあって、命あるものが最期まで生きること、そして別れを迎えることに、映画を通して向き合ってみようと思ったんです」
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世間の常識に縛られずに生きる老人ホームのやんちゃな仲間たち。イスラエル建国期を知る第一世代であり、みんな異なる国からの移民者たちだ。
タル&シャロン監督、ともに日本映画が大好きとのこと。黒澤明監督作や滝田洋二郎監督の『おくりびと』(08)など、独特の死生観が浮かび上がっている作品に魅力を感じているそうだ。『ハッピーエンドの選び方』でヨヘスケルが同じ老人ホームで暮らす獣医のダニエル(イラン・ダール)やその恋人でマッチョな元警察官ラフィ(ラファエル・タボール)らの協力を得て、安楽死を決行する様子は、『七人の侍』(54)の侍たちをイメージしたとシャロン監督は笑いながら語る。居場所を失った高齢者たちがチームを結成し、自分たちの死に場所を探すというコメディ展開は、北野武監督の最新ヒット作『龍三と七人の子分たち』にも似ていると告げると、2人は大喜びした。
タル「まだ『龍三と七人の子分たち』は観ていませんが、北野作品と共通するものがあると言ってもらえるなんて、とても光栄です。イスラエルでも北野作品はいつも劇場公開されていて、広く親しまれています。世界中の監督たちの中でも北野監督は飛び抜けた存在。天才中の天才だと思うわ」
シャロン「まったくの同感だね(笑)。僕の前作『A MATTER OF SIZE』(日本未公開)は相撲を扱ったコメディなんだけど、キタノというキャラクターを出したくらい、僕も北野監督が大好き。北野作品はバイオレンスものもいいけど、僕は『HANA-BI』(98)や『菊次郎の夏』(99)にすごく感動した。確かに北野作品は死生観をテーマにしたものが多く、『ハッピーエンドの選び方』にも通じるものがあるよね。強いて違いを挙げるなら、北野作品では主人公が自殺願望、破滅衝動を抱えていることがネガティブに描かれているけれど、『ハッピーエンドの選び方』ではGood Deathとしてポジティブに描いたという点かな」
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ヨケスケルの妻レバーナは認知症が徐々に進行していた。長年連れ添ってきた夫の顔が分からなくなっていくことがレバーナには辛い。
Good Deathという短い言葉の響きが何とも耳に残る。人間の生を肯定的に受け止めるのなら、その着地点である死を忌み嫌い、切り離して考えるのはおかしなことだ。自分に与えられた人生を懸命に生き抜いた人間が、Good Deathを望むのは然るべきことだろう。
シャロン「米国のオレゴン州では尊厳死が合法となっていて、末期状態の患者は医者に致死量の薬を処方してもらうことが可能なんだ。でも実際には処方薬は服用しない人がほとんど。自分の人生のエンディングを病気や病院側の都合ではなく、自分自身で決められることに多くの人は安心できるんだ」
タル「自分が愛する人たちに自分の想いをきちんと伝えて、それから愛する人たちに見守られて旅立つことができれば、すごく幸せなことじゃないかしら。それは神さまからの祝福であり、天からの贈り物だと思うわ」
2人の話を聞いているうちに、自分が最近亡くした近しい人の顔が思い浮かび、ふと目頭が熱くなってしまった。その人はいつもニコニコと笑っていた。最期は苦しまずに旅立つことができたのだろうか。顔を上げると、タル&シャロン監督が「大丈夫?」と心配そうな表情で近くにあったテイッシュを手渡してくれた。逢ってからまだ30分しか経っていない日本人の記者に、そんな気遣いができる監督たちがウィットたっぷりに完成させたコメディが『ハッピーエンドの選び方』だ。
映画のラストシーン、長年生活を共にしてきたヨヘスケルとレバーナが最期に交わす言葉はとても短く、そして温かい。恋人たちにとって最高のエンディングだろう。
(文=長野辰次)
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『ハッピーエンドの選び方』
監督・脚本/シャロン・マイモン、タル・グラニット 出演/ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール、ラファエル・タボール
配給/アスミック・エース 11月28日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
(c)2014 OIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
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