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“アニメーションは呪われた夢”なのか? スタジオジブリの1年間を密着撮影した『夢と狂気の王国』

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宮崎駿、鈴木敏夫、高畑勲という強烈な3つの個性の化学反応を推進力とするスタジオジブリの1年を追った『夢と狂気の王国』。(c)2013 dwango
 日本アニメの黄金時代は終わりを告げたのか? 国民的アニメ作品を次々と生み出してきたスタジオジブリは今、大きな転換期を迎えている。アニメーション製作に人生を捧げた自身の姿を投影した『風立ちぬ』を最後に宮崎駿監督は引退を表明、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(11月23日公開)も東映動画作品やTVシリーズ『アルプスの少女ハイジ』などを彷彿させる日本アニメ史の集大成的な作品に仕上がっている。2013年は宮崎駿、高畑勲という両巨匠の作品が同年公開されたメモリアルな年として記憶されるだろう。鈴木敏夫プロデューサーが両巨匠の劇場作品を作るために奔走したスタジオジブリはその当初の目的を果たしたことになる。そんなひとつの時代の節目を見届けたのは、ドキュメンタリー映画『エンディングノート』(11)でデビューを果たした砂田麻美監督だ。2012年秋から1年間近く、砂田監督はスタジオジブリに通い続け、『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』の製作過程を追った。日本人が大好きな国民的アニメは、“呪われた夢”と“明るい狂気”によって命を吹き込まれていることを砂田監督は『夢と狂気の王国』の中で明かしていく。  緑に覆われたメルヘンの世界に登場する洋館のようなスタジオジブリの外観から映画は始まる。敷地内には社員用の保育園が併設されており、宮崎駿監督は子どもたちに手を振るのを日課にしている。スタジオの屋上は庭園となっており、美しい夕焼けを眺めることができる。そしてフロアには物づくりの現場らしい活気が満ちている。ある女性スタッフは「会社というより、学校みたい」と笑顔で話す。スタジオジブリはとても環境の整った職場のようだ。だが、別の女性スタッフはこうも言う。「犠牲にしても得たいものがある人はいいけど、自分の中に守りたいものがある人は長くいないほうがいい」と。宮崎駿監督は自分に厳しいが、スタッフにも厳しい。巨匠の要求するレベルに応えるのは生半可なことではない。巨匠の周辺にはとてつもない引力が働き、正しい距離を保ち続けるのは困難を極める。黒澤明、今村昌平……過去の巨匠たちにも多くの優秀な人材が仕えたが、そこからオリジナリティーある監督として独り立ちした人間は数少ないことをふと思い出させる。  巨匠・宮崎駿との距離をはかることに、どうしようもなく苦しんでいるのは宮崎吾朗監督だろう。宮崎吾朗監督と新作映画の担当プロデューサーが打ち合わせる席に鈴木プロデューサーも同席するが、新作の企画は難航を極めているようだ。『ゲド戦記』(06)『コクリコ坂から』(11)を興行的に成功させた宮崎吾朗監督だが、今も自分の進んでいる道に葛藤を抱えている。自分の感情を吐露する宮崎吾朗監督を、鈴木プロデューサーは「今回、宮崎駿さんも高畑勲さんも作りたがらないのを、僕が無理矢理作らせているんだよ」と笑顔で言い含めようとする。父とは違う道を歩んできた宮崎吾朗監督をアニメ製作の世界へ引き込んだ鈴木プロデューサーがまるでメフィストフェレスのように感じられるではないか。一見、明るく平和そうに見えるジブリ内には激しい風がごうごうと吹き荒れている。  スタジオジブリの住人の中で宮崎駿監督といちばんうまく距離を保っているのはジブリの名物猫・ウシコに違いない。画面に度々登場するウシコはジブリの正式な飼い猫ではなく、いつの間にかジブリに住みついてしまった迷い猫。猫という動物は自分にとって居心地のよい場所を見つける天才だ。スタッフに可愛がられ、白と黒のツートンカラーの毛並みをいつも艶やかにしているウシコ。屋上庭園で昼寝するウシコを見て、宮崎駿監督は「なんて平和な顔をしているんだ。スケジュールがないんだな」と羨ましげだ。ジブリ内を自由気ままに闊歩するウシコだが、決して足を踏み入れない聖域があるという。それは宮崎駿監督の仕事場だ。宮崎駿監督が絵コンテや作画に集中する背中には他者を寄せ付けないオーラが漂う。ウシコは人間の眼には見えない巨匠のオーラを敏感に感じ取っているらしい。  宮崎駿監督が『風立ちぬ』の完成を目指すスタジオジブリとは別棟で、高畑勲監督は『ホーホケキョ となりの山田くん』(99)以来となる新作『かぐや姫の物語』と向き合っている。ひとつのスタジオが同時に2つのアニメ大作を製作するのは尋常なことではないが、鈴木プロデューサーは高畑監督と宮崎監督の両者の間にあるライバル意識を巧妙に煽る。ちょっとやそっとの刺激では、この両巨匠が動かないことを“猛獣使い”である鈴木プロデューサーは熟知している。『風立ちぬ』と同時公開はならなかったが、8年間の製作期間を要した『かぐや姫の物語』はその期待を裏切らない傑作として徐々に姿を見せつつあった。  本作のいちばんの注目点は、宮崎駿監督が引退表明するまでの心情の動きを砂田監督が細やかに追い続けたことだろう。煙草を片手に一心不乱にペンを走らせる宮崎駿監督の姿は『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎そのものである。夜、ジブリを出た宮崎駿監督は個人用のアトリエに砂田監督を招き、東日本大震災や福島第一原発事故についての私見を語る。「機械文明は呪われた夢」だと言う。飛行機づくりもアニメーション製作も同じく、呪われた夢なのだと。映画づくりが本当に素晴しいものなのか今もわからないと話す。巨匠・宮崎駿も息子・宮崎吾朗と同じように葛藤を抱えながら仕事に向き合っていた。  『風立ちぬ』の完成を間近にした宮崎駿監督に一通の手紙が届く。送り主は戦時中に宮崎家の隣に住んでいた少年。空襲で焼き出された少年は、宮崎駿監督の父親から当時は貴重品だったチョコレートを手渡されたという。そのお礼状を息子である宮崎駿監督宛てに送ってきたのだ。宮崎駿監督の父親は町工場を経営し、戦時中は戦闘機の風防を作る軍需景気で賑わった。軍需産業に従事しながら、戦争被害者には優しい心遣いを見せていた父親の素顔が明かされる。宮崎家の人々は代々にわたって仕事に対する葛藤を抱えながら生きてきたのだ。この手紙が宮崎駿監督の内面にどれだけ影響を与えたのかは本人以外にはわからないが、腑に落ちるものがあったのだろう。『風立ちぬ』が劇場公開を迎え、そして9月。宮崎駿監督は引退会見を開く。  高畑監督の『かぐや姫の物語』の劇中に素晴しい台詞がある。「この世は生きるに値する」。この台詞は『かぐや姫の物語』の世界だけでなく、『風立ちぬ』で悲惨なラストに見舞われる主人公に向けられた言葉のようにも感じられる。アニメーションは呪われた夢なのかも知れない。でも、それは懸命に生きた人間だけが見ることを許された美しい夢でもあるのだ。『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』を完成させたスタジオジブリは、新しい夢を見るためにしばし冬の眠りに就く。 (文=長野辰次) 『夢と狂気の王国』 製作/ドワンゴ 脚本・監督/砂田麻美 プロデューサー/川上量生 音楽/高木正勝 配給/東宝 11月16日(土)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー <http://yumetokyoki.com>

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