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肉親と精神科医から食い物にされた天才の悲劇!! ビーチ・ボーイズ暗黒神話『ラブ&マーシー』

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サーフィン、ビキニガール、自動車などをテーマにヒット曲を量産したビーチ・ボーイズ。だが、彼らの音楽性が評価される機会は少なかった。
 ロック史上もっとも美しいアルバムと呼んでも過言ではない、ビーチ・ボーイズの歴史的名盤『ペット・サウンズ』。ビーチ・ボーイズのリーダーだったブライアン・ウィルソンの天才児ぶりが遺憾なく発揮された一枚だ。オルゴールを思わせる美しい旋律とハーモニーの絶妙さは、アルバムのリリースから半世紀が経過した今も色褪せることなく、多くのリスナーの心の琴線をつま弾き続けている。だが、1966年の発表当時は内容があまりにも斬新かつ内向的すぎたため、ビーチ・ボーイズの健康的な明るさを愛したファンからは理解されず、「ブライアン・ウィルソンがひとりで勝手に録音した実験作」という低い評価しか与えられなかった。ファンだけでなく関係者からも自信作が評価されず、メンバーからも「ビーチ・ボーイズらしくない」と酷評され、ナイーブな心を持つブライアンは精神を病んでいくことになる。その美しさとは裏腹に、あまりにも悲劇的な運命を背負ったアルバム『ペット・サウンズ』が製作された舞台裏を、ポール・ダノ&ジョン・キューザック主演作『ラブ&マーシー』は解き明かしていく。  『ペット・サウンズ』の収録曲が、どれも泣きたくなるほど美しいのには理由があった。ビーチ・ボーイズはブライアン、デニス、カールのウィルソン家三兄弟に従兄弟のマイク、ブライアンの高校時代の同級生アルの5人で結成されたファミリーバンドだった。生活を長年ともにしてきた彼らならではの息の合ったハーモニーがビーチ・ボーイズの売りだった。そこに60年代カリフォルニアの底抜けに明るいイメージが加わり、1962年にデビューするやたちまち大ブレイクする。ブライアンたちに音楽の手ほどきをした父親のマリーがバンドマネージャーを務めたが、この父親がブライアンをはじめビーチ・ボーイズのメンバーを散々苦しめた。売れない作曲家だった父親は息子ブライアンの恵まれた音楽的才能に嫉妬し、自宅でもツアー先でも事あるごとに息子を罵倒し続けたのだ。ビーチ・ボーイズ人気に陰りが出ると、ビーチ・ボーイズの楽曲をさっさと叩き売りするという暴挙にまで出ている。  幼い頃のブライアンたちは父親の暴力の犠牲にもなっていた。ブライアンの右耳の聴覚がないのは、父親にひどく殴られたせいだという説もある。また、長男ブライアン以上に、ひどい暴力に晒されたのは次男のデニスだった。ビーチ・ボーイズでいちばんの人気を誇ったセクシーガイのデニスだが、晩年は酒とドラッグに溺れ、最期は海で溺死を遂げている。幼少期のDV体験が彼の死期を早めたともいわれている。ビーチ・ボーイズの美しい音楽は、父親の暴虐ぶりを忘れるために生み落とされたものだったのだ。少なくともウィルソン兄弟は美しくハモっている間だけは、父親の悪行を忘れることができた。レコーディングにまで執拗に口を出してくる父親に業を煮やし、ブライアンはマネージャー業からの解雇を命じるが、そのことを父親は根に持ち、さらにネチネチと責め続けた。父親を仕事の場から外すことはできたものの、自宅に戻れば憎悪を溜め込んだ父親が待ち構えている。これは堪らない。ブライアンは22歳のときに、自分がプロデュースしたガールズグループ「ハニーズ」のマリリン・ローヴェル(当時16歳)と最初の結婚をすることになる。
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23歳のブライアン(ポール・ダノ)は傑作アルバム『ペット・サウンズ』を完成させるが、あまりにも時代を先取りした内容だった。
 父親だけでなく、レコード会社も売れる曲を作ることだけをブライアンに求めた。ライブツアーは弟たちに任せ、ブライアンはスタジオに篭り、逃げ場のない状況の中で『ペット・サウンズ』のレコーディングを始める。孤立しがちな現代人の心を優しく捉える『ペット・サウンズ』だが、実はブライアン自身の避難シェルターでもあった。穢れのない音楽の世界に逃げ込むことで、ブライアンは辛うじて息をすることができた。『ペット・サウンズ』が誰にも真似できない崇高さに満ちているのには、そんな哀しい秘密が隠されていたのだ。  映画『ラブ&マーシー』では、ビーチ・ボーイズ全盛期だった20代のブライアンをポール・ダノ、『ペット・サウンズ』が評価されずドラッグ漬け状態となった中年期のブライアンをジョン・キューザックが2人一役で演じ分けている。かつてキラキラしていた才能が輝きを失ったしょぼくれ感を、ジョン・キューザックが見事に体現してみせる。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)でダニエル・デイ=ルイスと互角の演技バトルを演じた若手俳優ポール・ダノは、『ペット・サウンズ』製作時のブライアンそっくりなぽっちゃり体型を再現。歌唱トレーニングを積み、ブライアンばりのファルセットボイスも聴かせる。自宅のピアノで「神のみぞ知る」の原曲を演奏してみせるシーンは、名曲誕生の瞬間に立ち会ったかのような鳥肌が立つ。だが、自宅で酒を呑んでいた父親は「女々しい曲だ」「タイトルを変えろ」とネガティブな言葉しか息子に投げ掛けない。ブライアンのイノセントさは名盤『ペット・サウンズ』を生み出すが、作った本人はガラス細工のように粉々に砕け散る寸前だった。  ブライアンの不幸は、父親との軋轢だけではなかった。アルバムセールスが米国では不調だった『ペット・サウンズ』だが、同時期にレコーディングしたシングル曲「グッド・ヴァイブレーション」が大ヒットし、ブライアンはギリギリ土俵際でサバイブすることができた。『ペット・サウンズ』よりもさらに凄いアルバムをと、伝説のアルバム『スマイル』の製作に着手するが、ドラッグの使用量が増えたブライアンの奇行が目立ち始め、『スマイル』はお蔵入りしてしまう。結局、幻のアルバムと化していた『スマイル』が発売に漕ぎ着けたのは37年後の2004年(!)だった。才能と労力を注ぎ込んだ『スマイル』を完成させられなかったことに、当時のブライアンはすっかり落胆した。バンド活動から離脱したブライアンはますますドラッグとアルコールに傾倒し、さらに過食に走る。若妻マリリンは子育てするのに手一杯で、夫の深い悩みのすべてを受け止めることはできなかった。神に選ばれし才能に恵まれながらも、ひとりぼっちで廃人同然の引きこもり生活を送るブライアン。そんな彼に近づいたのが精神科医のユージン・ランディだった。
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ドラッグ中毒に陥ったブライアン(ジョン・キューザック)は、精神科医ユージン(ポール・ジアマッティ)の監視下に置かれることに。
 精神科医ユージンは賛否両論のある人物だ。彼がいなければブライアンはデニスのように早く亡くなっていただろうという擁護派と、ブライアンから莫大な治療費を巻き上げた上に、ブライアンの自伝やソロアルバムの利権という甘い汁まで吸った極悪人だとする断罪派に分かれている。映画『ラブ&マーシー』ではユージン医師(ポール・ジアマッティ)はブライアンを統合失調症と診断し、酒とドラッグとジャンクフードを取り上げる代わりに薬漬けにしてしまう。精神病患者が精神科医と呼ばれる人にいかに従順に依存してしまうかがまざまざと描かれ、サイコホラーのようなおぞましさを覚える。だが、名優ポール・ジアマッティ演じるユージン医師も多くの精神病患者の心の闇を覗き続けるうちに、彼自身が闇に侵蝕されてしまったかのような哀れさがある。ユージン医師はブライアンをマインドコントロールすることには成功するが、ブライアンの心の闇までは晴らすことはできない。  発表から半世紀が経った今も、『ペット・サウンズ』の輝きはまったく変わらない。それは漆黒の闇夜に存在する新月のような孤高さに溢れている。ブライアン・ウィルソンの孤独さが生み出した名曲の数々は、現代人の心にこれからもきっと寄り添い続けるだろう。 (文=長野辰次)
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『ラブ&マーシー』 製作・監督/ビル・ポーラッド 出演/ジョン・キューザック、ポール・ダノ、エリザベス・バンクス、ポール・ジアマッティ  配給/KADOKAWA PG12 8月1日(土)より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー  (c)2015 Malibu Road,LLC. ALL rights reserved. http://loveandmercy-movie.jp

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