身障者専門のデリヘル嬢を主人公にした『暗闇から手をのばせ』が現在、渋谷ユーロスペースで公開中だ。グラビアアイドルとして抜群の人気を誇った小泉麻耶の体を張った演技とメジャー作品が扱わないテーマ性が高く評価され、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013」オフシアター部門でグランプリ&シネガーアワードの2冠に輝いている。障害者プロレスを追ったドキュメンタリー『無敵のハンディキャップ』(93)、脳性麻痺を持つ重度身障者が殺人鬼を演じたバイオレンスホラー『おそいひと』(07)、ベストセラー作家・乙武洋匡原作&主演による熱血教師もの『だいじょうぶ3組』(公開中)など身障者を扱った映画はこれまでも話題を集めてきたが、本作のように“身障者の性”に正面から向き合った作品は非常に珍しい。 本作に風俗好きな常連客役で登場する“身障者芸人”ホーキング青山の著書『お笑い!バリアフリー・セックス』(ちくま文庫)を読むと、身障者にとってセックスは切実な問題であることが伝わってくる。ホーキングが通っていた養護学校では、男子生徒が暴れ出すと鎮静剤を注射されるか、男性教員がトイレへ連れていき手で抜かれていたそうだ。また、保健体育の授業では「身障として生まれてきた以上、刺激の強いもの(AV、風俗)にはできるだけ触れないように」と指導されていたという。だが、ホーキングは性をタブー視する息苦しい環境から飛び出し、高校生のときに原宿でフツーの女子高生のナンパに成功。その女子高生が非常にできた娘だったこともあり、無事に脱童貞を果たす。自信をつけたホーキングはその後もせっせとナンパに励み、トーク術を磨くことになる。「身障者とヤれる機会はそうそうないよ!」がホーキングの口説き文句だ。彼のそんなポジティブさに、女の子たちは身も心も許してしまう。障害者専門の派遣型風俗店で働き始めた沙織(小泉麻耶)。
サービス内容はディープキス、フィンガーサービス、フェラチオ、ローションプレイ……。
といっても、誰もがホーキング青山のようにオープンマインドの持ち主になれるわけではない。健常者と呼ばれる人でも傷つくことを恐れて、心を固く閉ざしたまま生きている人は少なくない。『暗闇から手をのばせ』の主人公・沙織(小泉麻耶)もそんなひとりだ。煩わしい人間関係を避けて生きているうちに、いつの間にか風俗の世界で働くようになっていた。身障者専門の派遣型風俗店を職場に選んだのは、「楽そうだし、体が動かないから怖くなさそう」という安易な理由からだった。介護に関する知識がまったくないまま、店長(津田寛治)の運転する車で予約客の待つマンションへと向かう。沙織にとって初めての客となったのは進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。徐々に筋力が低下し、歩行や起立ができなくなる難病だ。20代で亡くなる患者が多い。全身にタトゥーを入れたコワモテ風の水谷だったが「オレ、34歳になっちゃった。いつまで生きられるかな?」と沙織に問い掛けてくる。自分の人生すらちゃんと考えたことのない沙織は返す言葉が見つからない。水谷の発射した精液がとても苦く感じられる。 悩む間もなく、沙織は次の客が待つラブホテルへと向かう。両手両足に障害を持つ中嶋(ホーキング青山)を電動車椅子からベッドへと移動させるのは難儀だったが、中嶋は底抜けに明るい性格。あまりに達者なトークに、ずっと緊張を強いられていた沙織は吹き出してしまう。調子にのった中嶋は「ホンバンやらせてよ」と何度もおねだりしてくるが、そこはデリヘル嬢としての矜持を守る沙織だった。中嶋も機嫌を悪くすることなく、沙織の懸命なプレイを満喫する。サービス終了後、ホテル街を中嶋と沙織は仲良く並んで歩く。束の間の恋人気分を味わった中嶋はとても幸せそうだ。お客たちは性欲の解消だけでなく、人と人との触れ合いを求めていることに沙織は気づく。 自分を必要とされる喜びを覚えた沙織だったが、3番目の客と出会い、再び厳しい現実を突き付けられる。健司(森山晶之)はバイク事故で脊髄を損傷した後天的な身障者。自分の身に降り掛かった不幸をまだ受け入れられず、自宅に引きこもったまま。性的な刺激を与えることで下半身の機能が回復するかもしれないと母親(松浦佐知子)が勝手に予約を入れたため、余計に機嫌が悪い。裸になった沙織は騎乗位でベッドに寝たきりの健司にサービスを尽くすが、彼の下半身はいっこうに硬くならない。沙織が汗だくで責めれば責めるほど、さらに不機嫌になっていく。自分の無力さに落ち込む沙織。たった1日の体験入店だけでフェードアウトしてしまっていいのか。それまで面倒なことは避けて生きてきた沙織だが、自分の知らない世界に足を踏み入れたことで次第に意識が変わり始めようとしていた。初めての客は進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。
体が思うように動かないため、沙織は騎乗位でサービスすることに。
自主映画として本作を完成させたのは、これがデビュー作となる戸田幸宏監督。出版社の編集者、漫画の原作者などを経て、現在はNHKの子会社である製作会社NHKエンタープライズに所属し、ドキュメンタリー番組を手掛けている。実は本作もドキュメンタリー番組にするつもりで、大阪にある障害者専門の派遣風俗店「ハニーリップ」を数回にわたって取材していた。「ハニーリップ」の経営者は介護施設の職員でもあり、同世代の若い身障者たちの最期を看取るうちに「あいつ、生きてるうちにキスくらいしたんやろか」と思うようになり、身障者向けの風俗サービスを考え付いた。身障者の家族たちからは「寝た子を起こすな」と罵倒されたそうだ。身障者の本音と身障者を取り巻く環境を赤裸々に描いたドキュメンタリー番組になるはずだったが、残念なことにNHKではこの企画は採用されなかった。でも「あるものをないことにはできない」と戸田監督は取材した内容を劇映画として構成し直す。 難航することが予測された主人公・沙織役のキャスティングだったが、グラビアアイドルとして活躍し、女優への本格的転身を図っていた小泉麻耶がこの難役のオファーを快諾した。自主映画ゆえスムーズに撮影開始とは運ばず、撮影までに生じた半年間の猶予を使って、小泉は風俗嬢らを自分から積極的に取材するなどして役づくりの時間に当てた。それまで漠然と生きてきた沙織だが、身障者専門のデリヘル嬢として働き始めたことをきっかけに、自分の中の眠っていた感情が湧き上がってくるのを実感する。小泉は「この役は私だ」と感じたそうだ。感情をあまり表に出さない沙織だったが、ホーキング青山演じる常連客のアドリブトークに思わず表情を崩す。演技ではない、小泉の素顔がさらされる。小泉にハグされたホーキングも本気でうれしそうだ。演技とはいえ、肌と肌を合わせた2人の表情がどんどん和らいでいく。 小泉麻耶やホーキング青山らが台本上のキャラクターに息を吹き込むことでフィクションともドキュメンタリーとも判別できないものへと膨らんでいき、戸田監督が当初考えていたイメージとは異なる作品に変わっていったようだ。身障者の性というタブー視されがちな題材を扱っているが、表情の乏しかった主人公が生活スタイルも人生観も多種多様な人々と触れ合い、心をバリアフリー化していく姿が心地よい。偏見と無知と性欲まみれのドブ池に、かれんなハスの花がぽんッと咲いた。そんな清涼感がラストに漂う。 (文=長野辰次)風俗好きな中嶋(ホーキング青山)。しかし、電動車椅子からベッドへの移動は容易ではない。
彼にとって風俗遊びは命懸けだった。
